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8話・サッカー部でのイザコザ

 聖白蘭病院ひじりびゃくらんびょういんでの精密検査入院が終わってから、翌日の早朝。

 都内と神奈川を横切る聖川近くの河川敷で俺はサッカーの個人練習をしていた。

 そこの高架下で壁打ちをして汗をかく。


(サッカー部に復帰しても三年達に舐められたくないからな。とりあえずこの期間のブランクは軽めの練習をして取り戻しておく必要がある。二年のキャプテンというのは、気を使うもんだぜ)


 GW明けの蹴栄しゅうえい学園では、入院した俺にファンの女子が群がって来た。

 やはりもてはやされるのは、いい気分だな。

 サッカーを頑張って来た甲斐があったよ。

 まぁ、俺はもっと上に行くけどな。

 まずはプロになって活躍する事が目標だ。




 昼休みになり、少なめに作ってもらった弁当を食べる。

 元々、夏になる前は食欲も落ちるからこの辺は問題ないと判断してる。

 本格的に暑くなる頃に食欲が回復するタイプだからだ。


「さて、ファンの女子に囲まれる前に美波を探すか」


 少し湿度が高い学園内で美波を探す。

 昼休みは相変わらずどこかで一人飯のようで、俺は探すのにも苦労してる。


 学園では「疫病神ゲーム」というのが流行っていて、あっちむいてほいの改良版らしい。

 負けた奴は疫病神として、疫病神を倒さないとならないらしい。


(疫病神って何だよ? くだらねぇ)


 そんな話を適当に流して歩いて行く。


「ったく、美波は今度はどこにいるんだ? 中庭でも、桜道でもないとなると、図書室などの室内だぞ? 図書館とかは飲食禁止だから一体どこにいやがる……」


 ふと、眩しい太陽を見上げると屋上に誰かがいる気配がした。陽射しの強いこの時期の屋上なんて、誰も行かないのに、そこにわざわざ行く奴は少し変わった奴だけだ。そんな女を俺は知っている。


「よう、こんなクソ暑い屋上でよく食えるな美波」


 屋上に到着した俺は、太陽熱で地面の温度がヤバくなってる屋上の美波を発見する。驚いた美波はタオルで汗を拭いているが、俺はもっと嫌な汗が滲んだ。美波の左の膝に、包帯を巻いていたからだ。


「おい……どうしたんだよその左膝」


「階段から転んじゃってね。膝擦りむいた」


「階段から転んだ? また転んだのか。アホだな。アホのファンタジスタだ」


「誰がアホのファンタジスタだ。確か二度目だよ。次は殺す」


 と、美波からタオルを投げつけられた。そのタオルを美波の頭にかけ、俺は横に座る。

 ふと、スクールバッグを見るがあるはずのドッグタグは無かった。


(おかしいな。三石が渡したはずのドッグタグが無いな。また失くしたのか?)


 こんな暑い屋上に一人でいる事や、左膝の件など流石に何かがおかしいと感じた俺は尋ねる。


「おい美波。またカバンにつけてたドッグタグが無いけど、どうした? 俺が見つけたから三石に返しておいてくれと、病室で渡しておいたんだが」


「あぁ……あれは学校カバンにつけるのやめたの。失くしてもいけないし」


「そうか。ならいいが……」


「あ、それよりサッカーのルールを覚えてるんだ。オフサイドを教えて!」


「ハッ、そんな簡単な事でいいのか。まぁこの天才の……」


「前置きが長いのは君の悪い癖だね。前置き無しでヨロシク」


「あ、はい……」


 何か心が折れる発言だ。ファンの女子も俺の前置きが長いとか思われているのだろうか……?

 そんな事が気になりながら、ドッグタグの件は忘れて美波にオフサイドを教えた。





 サッカー部の全体練習を終えた俺は、クールダウンをしていた。

 俺がキャプテンとして組んでいる練習時間は二時間で、その間試合中のように集中して行う事が鉄則。ムダに長く練習時間は取らない。ケガの元にもなるし、燃え尽き症候群にもなるからだ。


 草生(そうせい)監督にもそれを伝えているので、監督は「そうせい」とまるで長州藩藩主の毛利敬親もうりたかちかのように言ってくれるのが助かる。


 今はユース代表の俺と三石がいるからスカウト連中もたまに来るし、その分普段の練習は一年だろうと三年だろうと関係無く勝つ為に必要な事は言い、意思疎通はする。


 試合中は年齢なんて関係無いからな。

 上手い奴以上に凄い奴がピッチで暴れる事が出来る。


 クールダウンを終わり、桜道付近で見学してるファンに手を振って答える。これもサッカー部キャプテンとしての仕事の一環だ。そして、フリーキックの個人練習を30本集中して21本決めて俺は今日の練習を終える。個人練習は個人の判断で行い、時間は30分厳守だ。グラウンドに残る部員に挨拶をしてから部室で制服に着替える。


「さて、帰るとするか。いや、その前に美波の様子も見た方がいいかな。ケガしててまだ保健室にいる可能性もあるしな」


 と、独り言を呟きながら部室の扉を開けると三石が個人練習から戻って来た。

 出入口ですれ違う三石に、挨拶をしてすれ違った。


「あれキャプテン。そんな早歩きでどこに行くんです?」


「美波がまだ保健室にいるかもしれんからな。とりあえず保健室に行ってから帰る」


「クラッシャーならまだ保健室にいるでしょう。色々とクラッシャーも大変なようですから」


「おい三石。お前何を知ってるんだ? クラッシャーはやめろよ? 何度言えばいいんだ?」


 思わず三石の肩を後ろから掴んでいた。

 これは今までの俺には無い行動だ。

 それに対し三石は流れる汗をタオルで拭きながら、


「なら、み・な・みとでも呼びますか?」


「お前な――」


 今度は胸ぐらを掴んでいた。

 流石に許せない発言だ。

 友達の三石だからこそ許せないのかも知れない。


「キャプテンがこんな事をするなんて珍しいですね。キャプテンはサッカー以外に興味が無いと思ってましたよ。まさか、あの雪村美波に惚れたんですか? キャプテンって、生徒会副会長の柴崎さんがお気に入りだと思ってましたけど……」


「三石、今日はやけに突っかかってくるな。いつものお前らしくない」


「いつもの自分らしくないのはキャプテンでしょう? 人の胸ぐらを掴むわ、人を殴ろうとしています。その振り上げた手はどうするんです?」


「お前、俺に何が言いたい? ハッキリ言いたい事は言えよ? ピッチの中も外も俺とお前なら関係無いだろ? あ?」


「じゃあ言いますよ。キャプテンがいないせいでサッカー部の方も色々混乱してるんですよ。実際、ユース代表遠征でキャプテンや俺がいない事でチームバランスが変わり負ける事がある。三年の連中には反キャプテン派がいるのを知ってるでしょ? 俺だって副キャプテンとして、キャプテンが最近いない時がある部をまとめるので必死なんですよ」


「確かに、ユースではお前は俺の控えだが、ここの部活では違うだろ。キャプテン不在の時のキャプテンが副キャプテンの役割でもある。まぁ、最近の俺はどうかしていた事は認めよう。その辺も含めて、サッカー部全員には話しておくよ。悪かったな」


「悪いと思うなら胸ぐら掴むの辞めてもらえます。痛いんですけど?」


「サッカーと美波の件は別だ。これだけは許せない案件だぜ?」


「……本当にクラッシャー事件から変わりましたねキャプテン」


 初めて俺達はここまでお互いを敵視した。

 小学校からサッカーをして来た俺達はとくにぶつかり合う事は無く、上手くやって来られたと思っていた。


 それが、美波のクラッシャー事件以降、色々な歯車が噛み合っていないのを否応無く感じる。これは美波と知り合って変化した俺の責任なのか? それとも周りが俺の変化について行けずその変化を許せないだけなのか?


『……』


 睨み合う俺達に、パンパンパンという手を叩く音が聞こえた。

 サッカー部の部室の前に、王子のような茶髪イケメンヘの三浦治人(みうらなおと)生徒会長が現れた。


「おやおや、久遠君は病み上がりなのにそんな暴れん坊さんでいいんですか?」


『生徒会長!』


 俺は三石の胸ぐらから手を離していた。

 そしてグラウンドを眺めつつ、後ろで手を組む生徒会長は俺達に近寄る。


「部活でお互いの意思をぶつけ合う友情は素晴らしいですが、暴力はいけません。昔は暴力で互いに分かり合えるような話をする人もいますが、残念ながら現代では暴力沙汰は謹慎か廃部まで追い込まれるのです」


『……はい』


「なので、お二人は蹴栄高校サッカー部としてだけでなく、全日本ユース代表のメンバーでもあります。部活では二年で中心メンバーだと、どうしても三年生が目の上のたんこぶですが、その辺も実力で黙らせ、認めさせるしかありませんね? ウチの生徒会の副会長も久遠君を気にしています。彼女を悲しませる事はしてはいけませんよ? では僕はこれで」


『ご迷惑をかけてすみませんでした! ご意見ありがとうございます!』


 俺と三石は生徒会長に頭を下げて返事をした。そして、互いに微笑んでいると何かが倒れる音がした。すると、カッコよく去って行った生徒会長が小石につまづいて転んでいる。


 たまにこの生徒会長はキメきれないところがあるのが、人気の一部でもある。生徒会長はスポーツ万能で身体も強いから多少コケたぐらいじゃケガも無い。


 そして、俺は転んでケガした美波がまだいるという保健室へ向かう。

 どうやら美波は膝を擦りむいた程度だったようだ。

 俺の中で美波のへの気持ちが湧き上がっているのを自覚してしまっていた。




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