7話・美波のドッグタグ
「落ち着け俺。落ち着け俺。落ち着け俺……」
聖白蘭病院の個室から、生徒会長が去ってから気持ちが落ち着かなかった。それは翌日になっても同じだった。むしろ増したと言ってもいい。
まだ童貞の俺は女の身体は知らない。
ファンの女の子は多いけど彼女達と関係を持った事は無い。
男である以上、女の子を抱きたい気持ちはあるがやはり抱くなら好きな女がいい。
俺が抱きたい相手は……。
「あー、流石に生徒会長の前で柴崎さんが好きとは言えないわ。完全に嘘で誤魔化した。心臓に悪いなこの病院」
個人的には柴崎さんを一年の時から好きだ。
でも告白とかはしていない。
最低限、Jリーグのピッチに立つまでは彼女は作らない。
けど、今はJリーグの強化指定選手の話が来てるから今年中には、プロデビュー出来るはず。
クリスマスには、柴崎さんを彼女にしてるだろう。
でも今は美波の方が気になってもいる……。
「イライラする。スッキリしないと眠れないな」
勢いよくペットボトルの水を飲むと、その水が変な所に入ったのか吐き出してしまう。
腹部と股間が水で濡れてしまった。窓のカーテンをほぼ閉めた状態にし、部屋の電気を暗くした。ティシュを三枚ほど取り病院服のズボンと下着を下ろした。
冷えた水の冷たさと、下半身を露出してる感じが何故か心地よかった。水気をテッシュで拭き、気持ちを高ぶらせつつ感情はリラックスして行く……。
(個人的には柴崎さんと生徒会長はお似合いの気がするんだがな。でも俺の方が現時点ではリードしてる。去年もコッソリ誰にもあげてないって言ってたバレンタインチョコ貰ったし)
段々と気持ちが外へ向かい出す。色々な女の子が思い浮かぶが、やはり柴崎さんを強くイメージした。黒髪ロングの姫カットで、才色兼備の大和撫子。いつか俺の彼女になる女……柴崎彩乃……。
「あぁ……あのバレンタインチョコ美味かったなぁ……」
ふと、欲望から解き放たれた俺は最後の心の呟きが漏れていた。
ゴミ箱に濡れたティシュの塊を捨てると誰かの声が聞こえた。
「やけに暗いわね。それにバレンタインチョコがどうしたって?」
その薄暗い個室には、何故か雪村美波がいた!
「み、美波!? せめてノックぐらいしろよ。生徒会長が戻って来たかと思ったわ」
「生徒会長?」
というと、美波は俺の顔ではなくやや下の下腹部を見ていた。
あっ……という顔の美波は目を見開いたまま、
「ちょっと何で下半身裸なのよ! うわ! まさか私を襲う気!?」
「後から突然入って来た奴を襲う準備なんてしてるか! これは……あれだ! オシッコをしようと尿瓶に……」
「尿瓶にしないといけないレベルなの? そんなに身体悪いの?」
「いや、大丈夫だ。着替えてたのさ。下着は毎日変えないと不衛生だからな! アハハッ!」
メッチャ不審な顔で見られたが、俺は誤魔化しに誤魔化しを重ねて美波を騙した。
(水をこぼしただけなのに、変な誤魔化し方したな。でも柴崎さんの事を考えてる時に美波が来るなんて……やはりこの女は気になる女だ)
そんなこんなで美波も病院に来た。
部屋の電気消して無かったら、完全に決定的なシーンを見られてたな。レッドカード並みのミスをする所だった……危ない、危ない。
そして、腕に包帯を巻く美波は通路で見かけた生徒会長の話を言う。
「そこの通路で生徒会長が転んでたけど、病室に来てたの?」
「来てたよって、あの人また転んでたの? 自分の父親の病院で転んでたらダメだろ」
「患者さんに助けられてたし。流石は生徒会長。天然で誰にでも好かれてる」
「天然で誰にでも好かれる点は俺も思うが、患者さんに助けられてるのはアウトな。ここの医院長は生徒会長の父親だから。生徒会長は跡継ぎ候補だから」
「言うねぇ君。なんか生徒会長とあった? まさか好きな女で揉めたとか?」
「は? おかしな事を言うな。それより何の用なんだよ」
「こっちの用より、生徒会長との話聞かせてよー。揉めたのー? どうなのよー?」
「やめろ、つつくな」
指で顔をツンツンしてくる美波に言う。
あぁ、コイツに柴崎さんの爪の垢を煎じて千杯は飲ませたいわ。
とりあえず少し雑談をしてから俺から美波の用件であろう話をし出す。
「そんで腕のケガはどうした?」
「うん。私は腕の打撲で済んだ。軽傷、軽傷」
「軽傷でもケガはケガ。それに事故じゃなくて事件性がある。お前も後ろとか気を付けた方がいいな。もしかしたら最近出てる通り魔かもしれん」
「うん。わかってるよ。気を付ける」
そして美波は帰っていった。
ふと、個室で違和感を感じた。
また同じ場所の床に美波の弟のドッグタグが落ちていた。
「またか。美波はホントアホだな。チェーンも新しくしておいてやるか」
錆び付いていて外れたドッグタグのチェーンを取り付けてやる事にした。
※
翌日になると、サッカー部の三石が病室に来てくれた。
三石は俺のファンの女子達に大勢で病室行くと迷惑になるから、みんなの寄せ書きとか栄養ドリンクとか色々持って現れた。
「……あー何かすまないな三石。色々と大変だっただろ」
「まぁ学園中の女子が来ようとしてましたからね。俺もサッカー部のみんなに頼んで対応しました。とりあえず、座らせて下さい」
「しっかり休んでくれ。つか、そんなに栄養ドリンク貰っても飲めないから三石も飲んでくれよ」
「遠慮無く頂きます!」
いつもなら遠慮する三石だったが、今回は相当疲れたのか栄養ドリンクを三本も飲み干した。色々大変だったんだろうと申し訳なくなる。そして、三石と学園の状況やサッカー部の話を聞いた後、俺はすぐに会えるかわからない美波に落し物の返還を頼んだ。
「すまんが三石。美波にこのドッグタグを返しておいてくれ。前回の事件の時に病室でこのドッグタグを落としていたが、また落としてるんだ。アホだろうアイツは」
「ドッグタグ……わかりました。返しておきましょう。特に落とした時のキズなどは無いようですね」
「落とした原因はチェーンの錆だよ。チェーンが錆でちぎれたんだ。前回落とした時に、チェーンが錆び付いてるからと伝えたにも関わらず交換してないからな。チェーンを新しくしといたから今度は落とさないはず。全く、何で俺がこんな苦労をしなきゃいけないんだ」
「その割には笑顔ですね」
「そうか? 悪いが美波にこのドッグタグを渡しておいてくれ。女に渡すと捨てられる可能性もある。やはりここはずっとチームメイトの三石に頼むのが一番だ」
「お安い御用ですよキャプテン。あのクラッシャー雪村美波は学園じゃ、キャプテンを病院送りにした疫病神と言われています。なので、女子達からは嫌われてるし僕が渡すのが一番です」
小学校時代からのチームメイトであり、同じ10番という番号とポジションを争ってきた仲だから頼めた。やはりここぞという時、サッカー以外でも三石は信用出来る。
すると、長めの髪をかきあげる三石は微笑む。
「やはり雪村美波の話になるとキャプテンはよく喋る」
「美波は面白い奴だ。あの女と他の女は何かが違う」
三石に美波のドッグタグを渡してもらうのを頼んだ。
これが、大きな学園での事件のキッカケになる事も知らずに――。