6話・生徒会長・三浦治人
蹴栄学園で倒れて救急車で運ばれた俺はまた入院している。
今回の聖白蘭病院への入院は精密検査もしっかり受けなければいけなくなった。
ユース代表選抜チーム発表時期に近いのに、サッカーからまた離れるなんて辛過ぎるぜ。
昔からのチームメイトの三石は、俺の代わりに戦える選手だが三石ばかりに任せてはいられない。
あくまで代役じゃ俺の代わりは務まらない。
見舞いに来てくれた美波は、いつの間にかメロン一つを平らげていた。
スイーツクラッシャーとして次のメロンも食べたそうな顔をしつつ、
「どーすんのよ私達の関係? もう絶対、副会長には言い訳通用しないわよ?」
「柴崎さんなら俺が何とかするから安心しとけ」
「いいや安心できない。しかも、ゴミ捨て場の時、私にはじゃあなと言ったのに、副会長には言わなかったでしょ? あれはダメだよ。副会長凄まじい顔を必死で抑えてたから」
「……そうだった?」
「そうなの! 君じゃあの腹黒真っ黒女を制御出来ないから言ってるのよ! 君はサッカー以外はベンチ外のスタメン落ちよ!」
「……おい、それは言い過ぎだ。それはマジで言い過ぎだ……ベンチ外のスタメン落ち……エースの俺が……」
ヤバイ……ハッキリ言って今の美波の言葉は痛すぎる。今年の活躍でプロのチームに強化指定選手として登録される予定なのに、こんな所で立ち止まっているわけにはいかんのだ。
「おーよし、よし。美波ちゃんが今のは悪かったね。落ち着いて、落ち着いて」
「……」
……安心した。
やはりこの女は他の女と何かが違う。
「とりあえず今は身体を元どおりにする事を考えないと。今回の件は私も聞かれたら副会長には事故と伝えておくし」
「悪いな。俺が入院してなれば、こんな誤解は解けるんだか。そうだ! 俺の部の親友の三石に頼めばいいんだよ。愛想のいいアイツなら生徒会とも関係があるし、俺からのメッセージを上手く伝えてくれると思う」
「ちょっと待ってよ? ふと、思ったんだけど、君は副会長の連絡先を何も知らないの?」
「知らんな。サッカー部と、ユース代表メンバーの連絡先しか知らん。プロサッカー関係者とかは、女遊びはほどほどにしろと伝えられてるから女の連絡先は家族以外教えてないんだ。美波は事故の件があるから教えてあるが」
「あちゃー……多分それも原因だよ。君の誰も知らない連絡先を私だけが知ってる。これはかなり副会長一派と、久遠ファンを敵に回すわけだ。あそこまで一気に人が私から離れた理由がようやくわかった。副会長の意思以上に、女の嫉妬が今回のテーマのようだよ」
虫歯は無いようだが虫歯が痛いといったような顔をした美波は、今後の学園生活に不安を抱えている。ここは男として俺も美波の力にならないといけない。このままじゃ、俺が美波のクラッシャーになってしまうからな。
すると、美波は顔と顔が触れ合うような近さで俺の両肩を掴んでいた。
「まぁとりあえず君は身体を検査してもらって治す事! 私は私で何とかするから、元気でまた学園で会おう」
スッと美波はバッグを持って病室から出て行こうとする。
「おい。ちょ、待てよ。見舞いに来ても……別に見舞いに来てもいいぜ? どうせ食い切れないフルーツとかたくさん送られてくるし、フルーツ食わせてやるよ」
「何、物で釣る気?」
「いや、ただ俺はフルーツが腐ってもなーという自然環境的なアレで……うん、そう自然環境大事だし」
「おいおい、私がいないと寂しいなら寂しいと言いなさいな。この照れ屋が!」
「コ、コラ! つつくな、つつくな! また意識が飛ぶ! 飛ぶ!」
と、俺は美波のツツキ攻撃を楽しんでいた。そして、ユース代表メンバーに選ばれる為にもここでしっかりとした検査をして、身体を治す事に専念した。けど、一度ほつれた糸がもう一度結び直されるのは難しいという事を知る事になる。
※
美波が帰り、十分ちょい眠ってから目を覚ますと、また病院か……と溜息をつく。
個室であるのは気が楽でいいが、個室だろうが病院そのものが嫌だな。
この閉塞感と空気感。外から病院を見るとそう感じる事が無いが、中に入るとやはり異様な空間だ。
いくら白く清潔な病院内でも死に纏わりつかれているような感じがする。
「夏に海外遠征、冬に国内の親善試合。そして来年はワールドユースもある。そして部活では全国大会で去年の準優勝の雪辱も果たさないとならないし、俺に休んでる暇は無いんだよ」
そんな事を呟きながら、手に持っている夏に行われる予定のユース代表海外遠征などの年間スケジュール表を見ていた。
「今練習量が減ると、部活のスタメンだけじゃなくてユース代表に呼ばれなくなる可能性もある。俺の控えの三石にスタメンを譲りたくはないからな。俺がピッチの真ん中でタクトを振るい、三石が俺の前後左右でサポートするのが一番良い形だ。去年の全国大会は三石の攻撃参加が少なかったけど、今は三石がサイドからゴールを狙うパターンもある。今年度は全国大会での優勝も狙えるはずだ。その先にワールドユースがある……」
個室の窓から見える、夕陽が沈んで行く空に俺は希望を見ていた。
そしてベッドから降りて冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して飲んだ。
この一連の手慣れた動作に、何か入院に慣れてしまっている自分を感じた。
狭い個室というのもあるが、まるでサッカーボールを扱うようにこの病院の個室に慣れている自分に少し笑う。
「サッカーボールのように美波を自分でコントロール出来ればいいのにな……て、それじゃつまらないか。あの女はコントロール出来ないからこそ面白い」
何故か美波の事ばかり考えてるようになっていた。確かに顔もかわいい方だし、胸もそこそこあるし、スタイルも白い肌も俺の好みである。でも俺の好みは才色兼備・大和撫子系の生徒会副会長の柴崎さんだ。ふと、窓の外に見える夕陽が人の顔のように見えた。
「あの夕陽が美波の顔をしてやがる。何かイラつくぜ」
「久遠君いるかい? 生徒会長の三浦だ」
ん? 今の声もしかして――。
個室の外から生徒会長と名乗る男の声がする。
この聖白蘭病院の医院長の息子は生徒会長だから、来てもおかしくはないが……と思いつつ個室の扉をスライドさせて開けると、右手をプラプラさてた茶系の王子系の顔をした生徒会長がいた。
「やぁ、久遠君。生徒会長の三浦治人だよ」
(マジで生徒会長キターーー!)
何か意味のわからない状態に興奮する。
特に多くの関わり合いも無いから何故来たのかも気になるが、右手をプラプラさせてる理由が気になった。生徒会長は学園では王子とも呼ばれていて、茶髪のヘアスタイルがカッコイイ男だ。
「生徒会長、来てくれたのは嬉しいですがその右手は?」
「あぁ静電気だよ。ピリッときてね。危うく転びそうになったよ」
「会長は学園でもよく転んでる話を聞くからみんな心配してますよ。王子の生徒会長がこけてたら、今年度の全国大会での優勝もピンチです」
「おお! そこまで言うとなると今年度は準優勝の上を行けそうだね。去年は一年ペアの久遠、三石ペアはテクニックとルックスもあり凄く人気が出て僕も鼻が高いよ」
立ち話になるので俺はベッドに座り生徒会長はイスに座ってもらう。
そして改めて挨拶をする。
「わざわざ俺の為に聖白蘭の医院長の息子さんの生徒会長が来るなんて。ありがとうございます」
「いやいや、こちらも手ぶらで来てすまなかったね。食べ物は今は食べ過ぎても悪いし、ファンレターも読み過ぎても疲れてしまうから禁止にしておいたよ。サッカー部では久遠君と三石君は両方とも二年ながらユース代表で、ルックスもいい。特に久遠君はファンクラブもあるし人気が凄いよ。ウチの副会長も君のファンだしね」
「俺のファンは積極的で、三石のファンは陰ながら見守るタイプでわかれてますから、俺のファンの方が目立つだけですよ。それに、会長もモテてるじゃないですか。スポーツ万能で学業優秀。この病院の未来の医院長でしょう?」
「でも僕は血が苦手でね。血を見ると興奮してしまうタチなんだ。それに僕はぶつかる、転ぶが多いから医者に向いてるかはわからないんだ」
フフと微笑みながら右手を見る生徒会長は、
「一応生徒会長として、副会長の精神面を考えて見舞い云々は君も色々と面会者が多いだろうから行かないよう伝えておいた。だから学園に戻ったら元気な事を伝えてあげてくれ」
「わかりました。柴崎さんには伝えておきます。クラスも隣ですしね」
いくら聖白蘭病院の医院長の息子というのと、サッカー部で活躍してるだけの理由でわざわざ一生徒の俺の見舞いに来るのだろうか? という疑問が先程少し解けたような気がしたのでそれを聞く。少し下衆な話にもなるけどな。
「……勘違いの可能性もありますが一ついいですか?」
「何だい?」
「生徒会長は柴崎さんが好きなんですか?」
「ほう……直球な質問だね。いいよいいよ。凄くいい質問だ」
そう、生徒会長は少し手を拍手のように叩きながら言う。
「僕は柴崎副会長に恋愛感情が無いと言えばウソになる。しかし、僕は能力の高い人間が好きなんだ。二年の柴崎副会長には、僕のサポートとして活躍してもらい、次期生徒会長にもなって欲しい。そんな彼女の輝きを側で見ていたいという。それが僕の気持ちさ」
「……そうですか。ありがとうございます」
「そう言う君はどうなんだい久遠君?」
腕組みをし、生徒会長は俺に質問をしてくる。
多少息が詰まる俺は心を整えて話す。
「自分は柴崎さんに対して恋愛感情はありません。これからも持つ事は無いでしょう。去年の全国大会でケガをした時に柴崎さんに付き添いをしてもらったりして、交際のようなデマが流れた事もありましたが、全てデマです。柴崎さんと俺は、ただの友人でありそれ以上、それ以下でもありません」
ここで俺は柴崎さんを好きで無いと伝える。
こう伝えざるを得なかった。
サッカーと柴崎さんを天秤にかけたら多少迷っても俺は確実にサッカーを取る。
好きな気持ちはあるが、柴崎さんは俺を変える事は出来ない。
フフと王子の笑みで微笑む生徒会長は、
「言い切ったね久遠君。そこまで言われるとウチの副会長も可愛そうに思えるが、確かに恋愛感情が無いならば男女はただの友人にしかなり得無いね。わかった。君の気持ちはわかったよ久遠君」
その生徒会長に俺はムキになっていた。
人として余裕があり、学園の権利も、この病院の次期医院長候補の生徒会長にライバル意識が芽生えていたんだ。柴崎さん以外の接点も無いのにな。
「生徒会長。失礼を承知で聴きたい事があります」
「何かな?」
「生徒会長は本当に柴崎さんが好きじゃないんですね? 知ってると思いますが、柴崎さんはかなり人気なんで結構狙ってる男子生徒がいます。もし誰かとくっついたら生徒会長でも交際は厳しくなりますよ?」
「好きも嫌いも無いよ。僕は副会長の望みを叶える存在なのさ」
とかなり真面目な顔で言われた。
心にトゲを刺されたような俺が声を出せないでいると、挨拶をして生徒会長は帰った。
何か敗北感が俺を襲っていて凄く不快だった。
この気持ちを早く吐き出してしまいたいほどに――そう、女を抱いて不快を吐き出してしまいたいと思っていた。