21話・入院前にやるべき事
急性骨髄性白血病という診断時には病気としては随分進行している状態だが、抗がん剤などの治療で2ヶ月程で退院できる予定だ。
聖白蘭病院の医院長の話だと、その後も一ヶ月おきに入院したりを繰り返す可能性もあるし、検査も毎月必要だと言われた。その程度なら問題無い。俺の家で話す美波は病気について聞いて来る。
「骨髄移植とかいうのはしないの?」
「何だ調べていたのか。骨髄移植はしない予定だ。抗ガン剤治療だけでも、すごい副作用があると言われている。骨髄移植は、それ以上の副作用があるようだ。その時は身体の免疫力が下がっているから無菌室に入るようだな。実際、抗ガン剤を受けた事が無い俺がどこまで持ちこたえられるかもわからないし、まずは抗ガン剤で治療するというのを両親と医院長に伝えた」
「そうか……うん、ちゃんと治療すれば大丈夫なはず。抗ガン剤だけで治ればいいね」
「あぁ。無菌室なんて入ったら両親も俺に会いに来るのがキツイだろうし、俺自身も無菌室までは行きたくない。何とか抗ガン剤治療で決着をつける。俺には新しい夢があるからな」
「夢? 夢って何よ?」
「聞きたのか?」
「そりゃ聞きたいよ?」
俺の顔を覗いてくる美波の顔はとてもかわいくて、ついイジメたくなってしまう。
いつもやられてるしな。
「ぶっ……」
すると、俺は吐きそうになった……。
苦しくなり、ぶっ……と嘔吐しそうになる。
えっ? という美波はあたふたしつつ、俺の背中をさする。
「いいよ、そこのゴミ箱に吐いちゃいな。間に合う?」
「ぶっ……」
「動けないの? ならここで――」
「……文化祭で活躍したい」
「……おい」
両頬を引っ張られて美波に言われる。
文化祭で活躍したいというのが願いだ。
やはり、ちと悪ノリし過ぎたかな?
「まさか君がこんな事をするなんてね。ボケにしてはちょっとおふざけが過ぎるわよ」
「美波……悪い。そして痛い。ごめんなさい」
こういう悪ノリはだめだよ! という注意を受けて許してくれた。
そして俺は美波の暖かさを感じて、呟いていた。
「相変わらずのクラッシャーだな。本当にクラッシャーだ」
「ぬ? コラ! 京也君がそれを言うか!? コラ! コラ! コラ!」
色々な箇所をつついてくる美波の攻撃を受けつつ、キスで動きを止めた。
なんか自然にこんな事が出来るのも俺の変化の一つだろう。そして改めて言った。
「確かに美波はクラッシャーだよ。美波は俺の心の壁を壊したクラッシャーだ」
抱き締め合う二人はまたキスをする。
美波の唇の感触に、このまま抱いてしまいたいとも思う。
「それでは京也君が今回の入院で回復するマル秘アイテムを進ぜよう」
「マル秘アイテム?」
スッと左の手首に何かを巻かれた。
青を基調にしてるが、カラフルで少し派手なアクセサリーだ。
「ミサンガか?」
「そ! 美波ちゃん特製ミサンガです」
手作りミサンガを美波から貰った。
まさか手作りとは……手先が器用なんだな。
ニシシと笑う美波は、
「サッカーってミサンガを付けるんでしょ? もうサッカーしなくても、邪魔にはならないでしょ?」
「ミサンガ付けてる人は今はあまりいないと思うな。昔は流行ってたようだけど」
「あれ? そうなんだ?検索ミスしたかな。でもヘアバンドだと三石君と被るからミサンガにしといた。ダメかな……?」
「いいに決まってんだろ。ありがとう美波。大好きだ」
お互いの顔をじっくりと見て、永遠に終わらないようなキスをした。
このミサンガが俺と美波を繋げてくれると確信しながら――。
そうして、俺は抗ガン剤を受ける治療の為に聖白蘭病院に入院する事になった。
予定される入院期間は7月の上旬から9月までの2カ月間。
早く良くなれば一月ちょっとで退院予定だ。
その前に、俺は解決しとかないとならない事がある。
まずはサッカー部のキャプテン不在の状況を変える為にキャプテンを変更する。
つまり、俺はサッカー部を退部し、キャプテンを三石に任命するつもりだ。
そして、蹴栄学園で飛び降りをした柴崎副会長と美波の件の完全決着。その時、柴崎さんは全身を強く打ったが骨折などの大きなケガも無く、学園に復帰している。マウスーランドではしゃいでいるぐらいだから精神的にも問題無いだろう。
三石と柴崎副会長の件を片付けてから、俺は堂々と急性骨髄性白血病の抗ガンの治療を受ける。
覚悟を決めて、俺はまず三石にサッカー部のキャプテンの話しをしようとした。
※
七月になり、停学をくらってから色々あった俺も久しぶりに登校した。
週末から俺は聖白蘭病院で約2カ月ほどの入院が予定されてる。
早く退院する可能性もあるが、もう夏休みも迫ってるので学園に来られるのも後少ししかない。
美波のおかげで荒れた時期も乗り越え、俺は入院前にやるべき事をやりに来た。
三石と柴崎さんの件を解決しないとならない。
お互いの今後の為にもな。
放課後になり、サッカー部の部室の前で三石と話し合う。軽く話すつもりが重くなっていた。この感じだと、やはり三石とはまだ上手くやれそうにもないな。
「あの時、ソーセイ公に後半の試合に出れない事を言っていたあの時……アンタは「三石は俺の控え」とハッキリ言った……あの言葉は……あの言葉だけは絶対に許せない」
今更何を言ってるんだ三石は?
小学生から俺を超える事が出来ないから三石は俺の控えだったんだ。
常に俺のレベルにまで近づいてはいたが、結局は十年以上俺の控えだった。
サッカースクール時代も、部活時代も、ユース代表でもだ。
俺も自分の病気の事もあるし、サッカー部の今後の事を考えなくてはいけないから、三石の話には付き合っていられない。
「そもそもだ。控え云々を言い出したのはお前だ三石。それを俺が発言した事を根に持つなんてナンセンスだぜ?」
「……そうだな。けど、俺にもプライドがある。人間だからな。いつもアンタの影で控え扱いの俺にもプライドがあるんだよ」
「だから何のプライドだよ? 控えって俺から言われるのがそんなに嫌だったのか? シケたプライドだな。だからお前は10番にはなれないんだよ」
「また言ったな……そうさ、試したんだよ。いつかアンタが俺にハッキリと自分の控えと言う時をな」
俺の劣化コピーの奴の癖に、やけに今日は噛み付いて来やがる。
いや、噛みつかれたのは病気が発覚した時以来か。
コイツは美波に嫌がらせもしていた。
ここで俺と三石の差を教えてやらないといけないようだ。
「俺の控えとして納得いかないなら、実力で示せよ。それが出来なかったからこそ、お前は俺の控えだったんだ。ユース代表でも一緒に試合に出たいなら、フォワードやセントラルミッドフィルダーか、ウイングとか違うポジションに何で挑戦しなかった? その時の監督に言われてやったポジションでもそつなくこなしてたじゃないか」
「俺はそつなくこなす自分なんて嫌なんだよ! 俺はな……アンタのつける10番をつけて、俺がピッチの真ん中でプレーしたいんだよ。俺がやりたいポジションを、諦めてたまるかよ!」
「三石……」
もう俺に対する感情は嫉妬を通り越して憎悪になっている。
美波への嫌がらせもその嫉妬が暴発した結果だろう。
俺は俺自身が膨らませていた憎悪の化身に、今更ながら気付かされた。
こんなにも長くそばにいながら、俺は三石を何もわかっていなかったんだ。
「アンタさえ、アンタさえいなければ俺はこんな場所でウロウロしてないさ……アンタさえいなければ俺はもう海外のクラブに行ってるさ……アンタさえ……アンタさえいなければ!」
涙を流す三石は両手で俺の胸ぐらを掴んで来た。
ハッ上等だこの野郎……。
この十年来の友であり、仲間の男とも入院前に決着をつける。




