オブシディアン-2-
最近は書き直したこの話を更に書き直したりしているのでこれより後の話は確かに続きなのですがずれが生じるかもしれません。
目が覚めた時には再びレヴィアタンの姿はなく、気配もまるで感じなかった。放課後もそうだったが、一体何をしているのだろうか。
永劫私の物、その言葉を思い出し、今になって少しだけ後悔した。
その日も英一と一緒に電車で登校する。目に映る景色はいつもと同じようで、大きな変化は感じられない。
学校につくと、麻奈が死んだらしいという噂がクラスで話題となっていた。
私は何故、どのように死んだのか知っていたし、麻奈が死んだことで生じる不利益も無いので全く気にすることもなかったが、英一の反応も実に淡白で、相槌を一回打って終わり、その後は眠そうに欠伸までするという関心のなさだった。
麻奈が好きだと言ったあの時は、本当にフルフルの力だったんだなと直に感じる。
ホームルームの時間になると、いつも通りに担任が入ってきて、一番最初に麻奈が死んだことを説明した。次に、このクラスには新しく副担任が就くこととなったと言うと、廊下の方へ向かって頷き、教室の扉が開かれる。
教室へと入ってきたのは岡本先生だった。
先生は軽く自己紹介を済ませると、担任の野上先生へ教壇を譲り、扉の側まで後退する。
続いて担任は「このクラスの新しいクラスメイトを紹介する」と言うと、岡本先生の方を向いて頷いた。
岡本先生の方も、呼応するかのように頷くと、扉を開けてその人物を招き入れる。
先生に連れられて入ってきたのは、髪が青く、もみあげの長いショートボブに長い一本結びの少女だった。
どこかで予想はしていたものの、信じたくないその姿を見たとき、驚いて思わず声を漏らしそうになった。
「初めまして。レヴィア・サーペンス・メルビレイと言います。レヴィアとかレヴィって呼んでください。これからよろしくお願いしますね」
黒板にアルファベットで名前を書くと振り返って楽しそうに笑う。
特に男子からは盛大に拍手でもてなされるが、私にはどこか蔑んでいるようにも、見下しているようにも見えた。
レヴィアの座席は窓際の最後尾、私の四つ後ろの場所に新設された。
麻奈の座席が空いているが、亡くなった学生の席に座らせたくなかったという事と、亡くなった人の座席は嫌だろうと、推し量った結果なのだろう。
休み時間になると、男女問わず何人かのクラスメイトがレヴィアの席を取り囲む。
いつものように英一の側で過ごしていたが、人間とは不思議なもので、レヴィアの相手をしてもらえているクラスメイトが少しばかり妬ましく感じた。
英一は幼馴染で親友だが、今は私の物ではないため仕方ないと思うことも出来るが、レヴィア、否、レヴィアタンは紛うことなき私の召喚した悪魔なのだ。その上昨日はマスターは私の物と言ったのだから、向こうから話しかけてくれることを少しばかり期待していたのだ。それは大層自分勝手なことなのかもしれないけれど。
私の心情を見透かしたかのように、昼休みになるとレヴィアの方から笑顔で話しかけてきた。
「桜夕さんも一緒にお昼食べましょう」
英一を見ると「行けばいいじゃん」と言うので誘いを受けることにした。
しかし、当然のように他のクラスメイトもついてくる。
結局この日はレヴィアと二人きりの時間と言うものは全くなかったが、携帯電話にダウンロードしてあるSNSの連絡先を交換することは出来た。
一体いつの間にそんなものを用意していたのだろうか。
翌日も私の周りに大きな変化はなかった。
レヴィアタンとして私の側に居てくれた時は、会話が成立するしないに関わらず、目には見えない気配は感じられたのでまだよかったが、転入生レヴィアとして存在されるとそれが感じられない。
呼び出した日を含めても四日しか経っていないのに、やけに寂しく、一緒にいられるクラスメイトが羨ましく思える。
「悩み事か、俺でいいなら聞くぞ」
「大丈夫、悩み事っていうわけじゃ、ないから」
大きく欠伸をして「ねむ」と呟く英一を見て、マイペースだなと思った。
再び大きな欠伸をすると、机に突っ伏して本当に寝始めたので、髪の毛をいじって遊ぶことにした。
邪魔に感じたのか、耳元で飛び回る蚊を追い払うかのように髪をいじる私の手を払う。
英一は寝ている、レヴィアはクラスメイトと話している。こういった一人の時は普段何をしていたろうか。なぜかもう、思い出せなくなっていた。
この日は、昨日よりもずっと退屈な一日だった。
休日になるとSNSを使ってレヴィアを自分の家に呼び出し、無理矢理二人きりの空間を作り出した。
着ている服こそドレスではなかったが、黒と青を基調としたガーリーなもので、色彩的な雰囲気は初めて見た時と大差はなかった。
「どうしたんですか、ますたぁ。私今日はクラスの人たちととおでかけだったんですけど」
薄ら笑いを浮かべながら、楽しんでいることを強調する。
「ねえレヴィアタン、貴女は私が召喚した悪魔なんだよ。それに、マスターは私の物なんて自分で言ったくせに、何で貴女は私から離れて楽しそうにしてるの。ちゃんと答えてよ」
「怒った顔のマスターも、辛そうな顔したマスターもとっても可愛いですよ。一回鏡でご自分のお顔ご覧になりますかぁ。とっても扇情的で、その気があって私を煽ってきているようにしか見えないですよ」
「ふざけないでちゃんと答えてよ」
声を荒げて胸元に掴みかかるが動揺はおろか、驚きもしていないのか、依然として笑みを浮かべている。
それが嘲笑っているかのようにも思え、手に加わる力は一層強くなる。
「ますたぁ、妬いてくれたんですか、やきもちですかぁ。嬉しいですね」
その一言で衝動的にレヴィアを突き飛ばしてしまい、同時に条件反射的に謝罪する。
「最初に手を出してきたのはマスターですからね」
そう言って到底人間とは思えない動きで眼前に迫ってきたと思うと、私の体はベッドの上に叩きつけられた。
「妬み嫉み羨望、私はそういう悪魔ですから」
レヴィアの手が頬に触れる。それは、悪魔という異類のものとは思えないほどに、いや、寧ろ私の手よりも華奢に感じられ、人の温もりを持ち、柔らかい。
だが思い返してみるとその外見相応の手は、人の胸を貫いて心臓を抉りだしているのだ。
静かに微笑み「ますたぁ、抵抗しますか」と儚げな声で呟くものだから、思わず首を横に振ってしまう。
既に二度体験している激しい痛み、それを受け入れることで眼前の悪魔との繋がりの様なものを感じていたのかもしてない。
レヴィアは私の唇に指先で触れ、何かを読み取ろうとするようにゆっくりとなぞる。
唇から指を離すと、ペールブルーのリボンを外して黒いブラウスのボタンを上から外していく。その奥からは、白い肌と黒い縁取りのされた桃色の下着が現れた。
ボタンを外し終えると、自らの顔の前で指を合わせて「マスターは脱がないんですか」と恥ずかしそうに笑う。聞いてはきたが私の答えを待つことなく「いいんですけどね」と弾んだ声で言う。
「今はまだあの男が好きでもいいです。それでもいつか必ず、私を好きになってもらいます。その時はマスター」
レヴィアの言葉はそこで途切れ、外からの雑音だけが耳に入る。
「愛してください」
満面の笑みでそう口にするレヴィアだったが、私にはどうしてもそれが寂しいという感情を隠すためだけの作り笑いにしか見えず、その顔を見ると孤独な少女としか思えず、悪魔だなんてまるで感じなかった。
レヴィアの顔がその瞳の中に映った自分の姿が見える程近くまでゆっくりと迫り、「よろしいですか」と消え入りそうな声で呟く。
返事を待って全く動かない相手に、何を、というように聞き返すのは無粋なことだろうか。
レヴィアの長いもみあげを手ですくい顔を近づけると、シャンプーの匂いに鼻腔が強烈に刺激されるなか、私はキスをした。その恥ずかしさを誤魔化すために笑いかけたりもした。
「ますたぁ、嬉しいです。それでもやっぱり、少し残念です」
「だって私たち、別に付き合ってるわけでもないし、私には好きな人がいるし、私は恥ずかしいし、それに私たち女同士だし、おかしいよそういうのは。うん」
思ったことを、いや、一瞬で作り上げた言い訳を、柔らかくすることもしなければ相手がどう思うかなんて考えずに、思い切りぶつける。
レヴィアは笑顔のまま身体を引くが、よほど効いたのか悲しみを隠しきれているとは思えなかった。
「ごめんなさい。マスター、私も急ぎすぎました、ごめんなさい。私はマスターのことを何も考えていませんでした。思慮が浅くて、マスターのことを考えられなくて、ごめんなさい。ああ、いちいち重いですか。ごめんなさい、善処します」
レヴィアは深くうつむき、黙々と先程自分で外したボタンを留めなおしていく。
好奇心からだろうか、視線を臍へ手首へ胸元へと、そうやってゆっくりと上へと移動さしていき、最後は少しだけ覗き込むようにレヴィアの顔を中心で捉える。
その顔は笑顔でも無表情でもない、私の前ではいつも笑顔で取り繕っている悪魔の人間らしく、無様な、辛く悲しそうな表情だった。
見てはいけないものを見てしまった、とでも感じたのか反射的に視線を別の場所へ移す。それが申し訳ないというような罪悪感か、見てはいけないと告げるの本能かは分からないが、どちらにせよ美醜を問わず見たくはなかった。
顔を上げたレヴィアはいつものように微笑んでいた。しかし、悲哀に満ちた表情を見た直後ではそれが痛々しくて堪らない。
「マスター、ごめんなさい。調子に乗って。マスターは頑張ってくれたんです。マスターは付き合っているわけでもなければ好きでもない、異類の同性相手に頑張ってくれたんです。それなのに、自分の思うとおりに行かないからとマスターの努力、意思を侮辱するようなことを言った私が悪かったんです」
言い終えると、ゆっくりと立ち上るとベッドから降り、こちらへ振り返る。
「私は帰ってもよろしいですか、マスター。レヴィア・サーペンス・メルビレイとしての私の居場所はここではありませんので」
出ていこうとする後姿を見て咄嗟に「だめ」と叫んでしまう。
「私は、あなたが構ってくれなくなったから今日呼んだんだよ。だからだめ、帰らないで。私の側にいて、相手して。貴女は私が召喚した悪魔なんだから」
「マスターがそう言ってくれるなら、私はそうします」
上体を起こしてレヴィアへ向け、笑って手のひらを見せるように両手を伸ばす。
「今日はもう、ずっとベッドの上でゆっくりしよう? 」
困惑しているのかぎこちない笑みを浮かべ、重そうに足を動かしながら歩み寄ってきて、小さく「マスター」と発したように思えた。
「マスター、私はマスターが召喚した悪魔なのですから私のことなんか気にすることないんですよ。私がどう感じたとか気にせず、道具として使ってもらって結構です」
清々しく綺麗で明るい笑顔でそんなことを言い始め、それが悪いことだと思うけれど、面倒くさいと相手だなと感じていた。
「私は、貴女のことを道具だなんて思えないし、これからも思いたくない。それでも側にいてほしい、それじゃだめかな」
僅かに表情が歪ませ、「いいですよ、マスター」と柔らかく優しそうな声で言う。
「来てもいいのよ、レヴィ」
友人を遊びに誘うくらいの調子で呼びかけると、勢いよく飛び込んで来られてそのまま伏される。
胸に顔をうずめるレヴィアの頭を撫で、もう片方の手は後ろへ回して抱きしめた。
お互いに何も言わず殆ど動かないままでいたが、唐突に「マスター、離してください」と囁くので手を離すと、そのまま下がっていってベッドの隣で蹲る。
「どうしたの、レヴィ大丈夫? 」
「大丈夫ですマスター。ただ、興奮してマスターに嫌われたくないので、そうなる前に自制しただけですから。なので、気にしないでください」
本当に面倒くさい娘だと思ったが、不思議と嫌悪感をはじめとした悪感情はそこまで抱かなかった。
「レヴィ、さっき言ったよね。今日はもうずっとゆっくりしようって。塞ぎこんでなくてもいいじゃん。ここには私と貴女しかいないんだよ」
「マスターは、優しいですね」
「別にそんなことないと思う。レヴィは、私の相手してくれて、ずっとそばにいてくれる数少ない人、だから」
「マスターは他人が怖いですか、人付き合いが苦手ですか、自分に自信がないですか、それとも自分が傷つくのが嫌ですか。私はそんなマスターでも気にしません。それでも、マスターがそれを直したい、変えたいと思うなら相談に乗るくらいなら出来ると思いますよ」
少しだけ考えてから首を横に振ると「どうしてですか」と問いかけられたが、これと言った理由があるわけでもない。それでも何か答えなければと感じて「貴女が側にいてくれるから」と答えた。