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独短編

箱庭実験

作者:

 


 「――所詮は《箱庭》の中の実験動物なんだよ。」


 数百年前、我々人類は太平洋上に小さな島を発見した。その島は今までに描かれてきたどの地図にも載っておらず、そして誰もが、その存在を認知していなかった。今までその場所を通ってきた船も、飛行機もいたはずなのに。衛星にも映らなかったその島は、その日突如として我々の前に姿を現した。

 さらに驚くべきことに、我々はその島の中に人間と思しき生物を発見した。思しき、と表現したのは彼らが――この科学文明も発達し切ったとまで言われたこの世界の一部に在りながら、さながら原始人のような生活様式をとっていたためである。

 文字通りの、過去が閉じ込められたリゾートに、世界中の見境の無い金持ち共が道楽のためにと向かおうとしたところで、有力な国の首脳から待ったがかかった。その島には計り知れない価値があるという。

 彼とその周囲の科学者の提案から、我々はその島を《箱庭》、そこに住む人間もどきを《箱庭人形》と名付け、ある実験をとり行うことにした。

 通称《箱庭実験》。

 その内容とは――未だ発展途上にある《箱庭》を我々が完璧に管理し、彼らがどのように進化の道を辿っていくのかを調べる、というものだった。できるだけ自然に、その島で時を過ごさせるのだ。それはつまり、我々人類が数万年かけて辿ってきた道を、《箱庭》の中で再び繰り返させるということ。歴史は繰り返す、だなんて言えば詩的で格好いいのかもしれない。

 ただ勿論、一国――どころか世界中を上げて望む実験の内容が《歴史の反復》では味気ない。だから箱庭実験の真の目的は別の場所にあった。我々はその《箱庭》を利用し、この世界と平行して進む別の世界――完全なる管理の下で順当に進む平行世界を作り上げようとしたのだ。

 我々の科学力があれば彼らにとって神と相違ない力を発揮することすらも容易いのだ。島を温室のようにキッチリを囲い、温度調整や空気中の物質を調査し、調整し、管理した。

 例えば世界の半数が死に至るような伝染病。それに対する特効薬がすでに開発されていたらどうだろうか。

 例えば陸の孤立性。船を作り、海に繰り出した者たちが一人残らず帰って来なかったらどうか。まぁこれは、《箱庭》を囲う温室にも限りがあるので、あまりに長い距離を航行されると我々の存在が露見してしまうからこその検証ではあるのだが。

 例えば文明の発生。どこでどのようにどのような文明が発生し、発達したのか。

 今挙げたのはほんの一例であるが、我々にとって《箱庭》は重要な実験施設だった。時間はかかれど、過去を再現し、その中で人々がどのように過ごし、どのように感じるのかを克明に記録することで、我々は疑似的に過去に戻ることができるのだから。

 そしてそんな実験が開始されてもう数百年になる。幸い、世界中を挙げた徹底的な管理のもと行われた箱庭実験に目立った不備はなく、《箱庭》での時間は千八百年代――産業革命辺りにまで進行していた。

 そしてここまで《箱庭》が発展したのは――発展させるように全世界が動いていたのは、《箱庭》のもたらした様々な功績が我々の想像をはるかに超えるそれだったからであることは言うまでもない。

 我々の管理の賜物か、数百年で数千、数万の時間を無理矢理追体験させられた彼らの工業技術からは多くの発見が得られた。その中のいくつかを採用して近年作成された宇宙船は、理論上人間を載せて銀河系を脱出、そして帰還することができるらしい。実質時間は数百年だからと生物的な発見は難しいかと考えられていたが、本来よりもかなり早いペースで進化する彼らと共に我々の世界にいる種とは異なった進化をする生物もでてきていた。

 しかしそんな功績とは裏腹に最近では、そんな箱庭計画にも終止符が打たれるのでは、と、そんな話がまことしやかに噂されていた。

 《箱庭》――平行世界――過去――どう呼んだところで《そこ》は地球上に存在する島であり、その発展には限界があるのだ。我々の歩んできた進化のように、《新たな土地》を見出すことができない。さらなる発展を求めて、彼らの行動範囲を広げるために我々が住む土地を実験のためにあててしまっては実験そのものが危うくなってしまう。我々の側が逆に彼らに乗っ取られかねない。すでに近隣数か国の島々が彼らの新たな居住区として整備され、配備されているが、その維持費だってばかにならないのだ。人類の全てを火星に移住させ、地球全てを《箱庭》としたうえで実験を続けるという案もあったが、我々の管理の目が届きづらくなってしまうからと早々に却下された。

 そんな理由で下火となってしまった箱庭実験に対する決定打となったのが、とある男性二人が運転していた小型飛行機の墜落事故である。世界中の不可侵区域となっている《箱庭》の上空を飛んでいた飛行機がエンジントラブルを起こし、墜落したのだ。命からがら逃げだしてきた彼らは、どうやら元々別件で追われていたらしいが、その墜落事故によって世界中から最大級の非難を浴びることに――無論彼らの死刑は免れなかった。

 ほとんどの人々が心配したのは誰にも悲しまれることなく死んでいった彼らのことではなく、《箱庭》についてだった。運悪くも小型飛行機は《箱庭》の中心部に墜落したばかりか、少なくない《箱庭人形》の死傷者や目撃者まで出てしまっていたのである。現在の我らにとって彼らの記憶を改竄し、実験を継続させることも決してできないことではなかったが、《箱庭人形》の――延いては《箱庭》の健全な発展を阻害するとして、その案は却下された。

 そして本日。《箱庭》の最終処分が下される運びとなった。我々が完璧に管理してきた《箱庭》を終わらせることなど非常に容易いことなのである。

 この数百年の間、人類の叡智の基盤ですらあった《箱庭》の終わりは呆気ないものであった。銃火器やそれに代わる兵器を《箱庭人形》は既に開発していたが、我々の圧倒的な技術力と、計画性になすすべもなく――実験終了。彼らにしてみれば、我々は神の如く見えたのかもしれない。現代版の終末戦争というわけだ。

彼らの数百年に渡る《箱庭》での歴史は幕を閉じた。


 そんな《箱庭》が消えて数日後――もう世間では《箱庭》の話題は早くも下火となっていた。薄情なものである。が、それも仕方のないことで、銀河系外へと進路をとっていた宇宙船から、とある通信が入ったことがその原因であった。

 【ぶつかった。】

 ――ぶつかった、らしい。

 何に?

 通信はそれだけではなく、【宇宙人――化物――】と途切れ途切れに乗組員の混乱を載せた音声が続いた。乗組員たちから【神】とまで呼称されていた《それ》がなんだったのかは判然としないまま、宇宙船からの通信は途絶える。宇宙船が何か途轍もない力によって押しつぶされるように破砕したらしい。

 宇宙船の外部装甲に取り付けられたカメラには、何か大きな(・・・)手の様な物(・・・・・)が映っていたという。





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