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死者に別れを、あるいは生を  作者: 杉下 徹
Act.2  Proficiency
7/42

2-1

クルド南部戦線。

 マレストリ王国とウルマ帝国のちょうど境目に当たる、現在、公式にはマレストリ側の領地とされているクルド地域は、戦争の当事者である両国が共に最も多くの戦力を傾けている点であり、当然最も激しい戦闘の行われている場所でもある。そして、その中でも最南端に近い南部B-3地区は、今まさに総力戦の様相を呈していた。

 広大な、しかし魔術による度重なる破壊によって荒れ果てた大地の上、国章の刻まれた鎧を纏う二国の軍が乱戦と呼ぶに相応しいぶつかり合いを見せる。

 互いの軍勢の後方に控えた魔術師達は、敵味方入り混じった前衛への援護を諦め、その頭越しの遠距離術式による打ち合いの形となっていた。

 二国の兵士の数は、前衛、後衛ともにほとんど互角。後衛の遠隔術式は互いに打ち消し合い、前衛も敵と味方の混然とする中で思うように動けずにいた。

 だが、そんな中でもやがて、一人、二人、十人、二十人と地面に倒れ伏す者が出てくる。

 その内の多く、甘く見積もっても7割以上が自らの所属するウルマ帝国側の兵士である事に気付いたのと同時、一人の青年剣士の首が胴体から離れていた。

「撤退だっ、退けぇっ!」

 大槍を掲げた厳めしい面貌の大男が掠れた声で叫び、狂乱した兵達が必死で戦場に背を向け逃げていく。その間も、一人、また一人と地面に転がる兵の数は増えていた。

 余裕から統制を取り戻したマレストリ軍と、半分ほどの人数になったウルマ軍の中、生まれた空間を超速で飛び交う颶風は今や外からでも見て取れる。

「ウィットランド……妹の方でもここまでとは」

 撤退宣言を出した大男が、自らも魔術障壁を貼りながらの逃走の最中、苦々しい呟きを漏らす。

 文字通り、ただ風。

 それを表現するには、五大元素の一つでもある一文字が最もふさわしい。

 自然界に生じる、一般にいう風と違うところがあるとすれば、漏れ出した魔力が光となりおぼろげに女騎士の輪郭を形作っている事くらいだろうか。

「――このまま砦を奪還する。逃走した敵兵は後回しだ」

 敵意を持った最後の一人、長槍を構えた細身なウルマの兵士が倒れた背後、淡い緑光を帯びた風が強く吹き荒れる。風が止み、光の消えた後の空間には、金髪の女騎士、ティア・エルシア・ウィットランドが剣を東へと高く掲げていた。

「団長、お疲れ様です」

 戦闘が一段落付き、息を整えながらの進軍の中、隊列の二列目に引っ込んだティアへと巻き毛の青年が労いの言葉をかける。

「ラテゥスか。何、それほど疲れてもいない」

「そうですか。やっぱり、団長は流石ですね」

 薄い笑みを浮かべるティアは、息一つ乱しておらず、その身に返り血の一つも浴びてはいない。たった今、十人からの敵兵を切り捨ててきたとは思えない騎士団長の壮健な姿を目の前に、ラテゥスと呼ばれた青年は陶酔の表情で賞賛を口にした。

「悪い、少し連絡をする」

 しつこいほどに熱の籠った賞賛を適当に聞き流しつつ、ティアは内側のポケットから取り出した携帯端末の通知を確認し、そこにあったニグルの名に連絡を返す。

「戦闘中で出られなかった。まだ進軍の最中だから、急用でないなら後でもいいか?」

『急用かと言われると微妙だけど、重要ではあるから今聞いてほしいな』

 挨拶もなしの問いに、端末からは言葉遊びのような返答。

『まず、ティアには戦線から本部まで戻ってきてもらいたい』

「だから、それは急ぎなのか? 私としては早く砦の奪還を済ませたいのだが」

 話を掴めず、苛立ちからティアの語気がわずかに荒ぐ。

『問題は時間じゃないんだよ、ティア。君が負傷も消耗もなく戻って来てくれる事が重要なんだ。だから、戦線から早く離脱してほしい』

「ニグル、私にはお前が何を言っているのかわからない」

 自らの身を案じるような機械越しの声に、ティアは困惑を返すしかない。

『電話越しに説明できるような事ではないんだ。この場では、ウルマが終戦を申し込んできた、とだけ言っておくよ』

「……わかった。とにかく戻ればいいんだな」

 要領を得ない答えを受け、少しだけ悩んだティアは結局了解の言葉を口にした。

『助かるよ。一応、そちらには君の代わりの援軍を送っておく』

「礼はいい。お前はその方がいい、と判断したんだろう」

 迷いのない動作で携帯を仕舞い込むと、ティアは隊列の中を更に下がり中心部に向かっていき、やがて黒のローブを纏った熟年の魔術師の前で動きを止めた。

「キルべニア、私は一度本部に戻る。後は任せた」

「畏まりました、嬢」

 突然の騎士団長の撤退宣言にも、ティアが援護に来るまでこの戦線を任されていた老魔術師は驚きもせずに小さく頷きを返した。

「お気を付けて。情勢はそれほど余裕のあるものではないかもしれません」

「ああ、そちらも気を付けて」

 今も後衛として戦線を支える、一時期は国でも屈指の一人に数えられていた高齢の魔術師の忠告に引っかかりを感じながらも、ティアは振り返らずに戦場を後にしていった。


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