3-2
「……ふぅ、やっぱり緊張するね」
アルバトロスとアンナの去った部屋、ニグルが自らの椅子へと腰掛ける。
「らしくもないな。アンナとお前は、王の前ですら緊張などしないと思っていた」
「そうでもないよ、僕は緊張を隠してるだけだ。アンナやアーチライトみたいなタイプとは少し違う」
ティアの肩が小さく跳ね、何事もなかったように戻る。
「それに、この場合の緊張はアルバトロス卿に対してというより、君に対してと言った方が正確かな。アンナもアンナで見てて危ういけど、一応ここまでアルバトロス卿の護衛としてやってきてるわけだし」
「私だって、アルバトロスに危害を加えるつもりはない。先の立ち合いだって、力試しというのも後付けの口実ではなく、本音でもあった」
拗ねたように顔を背けるティアに、ニグルが笑いかける。
「頭でわかってても、感情がそれに従うとは限らないからね。だから、別に君を責めるつもりもない」
「……お前はまだ子供なんだから、という事か」
小さな呟きに、ニグルはただ笑みを浮かべるだけ。
「で、実際どう思う?」
「無理だろう。アルバトロスの、本人曰くの魔術的才覚がどれほどのものであっても、それだけで身に付くほど変成術は甘いものではない」
十分に間をおいた問い掛けが、先の四人での会話に向けたものだとティアは解釈した。
「まぁ、そうだろうね」
「なんだ、てっきり何か手でもあるのかと思ったが」
「別にそういうわけじゃないよ。本人も言った通り、試して損はないとは思うけど」
浅い笑みを保ったまま、ニグルが背もたれに深く寄り掛かり、反動で起き上がる。
「それにしては、随分と落ち着いているようだが?」
「決闘するのは僕じゃないからね。……ああ、冗談だよ」
ティアの表情を見て、少し真顔に戻って言葉を取り下げる。
「人間、本当に困った時には中々慌てたりできないものだね。そのためのエネルギーも無くなる、って言うのかな。僕じゃあヨーラッドをどうにもできないってのは本当だし」
「……殺し切れなかったとは聞いたが、まさかこれほど早いとは」
眉をひそめるニグルに、下唇を強く噛むティア。表情は違えど、思い浮かべている事はほとんど同じだろう。
「おそらく、ヨーラッドはウルマと組んでいる」
ニグルの呟きに、ティアが目を見開く。
「負傷はともかく、ヨーラッドが以前のように自由に動くには組織の力が必要だ。公の場に姿を現して、その上アルバトロス卿に宣戦布告するような余裕は今のあれにはない」
「ウルマが匿っているからこそ、ヨーラッドはあのような場に姿を現せたと?」
「それに、タイミングが良すぎるからね。ウルマから終戦の申し込みを受けて、まだ二日と経ってない。明日にでも、ウルマは決闘の代表者がヨーラッドだと告げて来るだろう」
「もしそうだとしたら、尚更最悪じゃないか」
「本当にそうなんだよね。ウルマからの提案を断っても、アルバトロス卿が決闘を受けた事に変わりはないし。そこに便乗されると、問題を切り離すだけでもなかなか面倒だ」
顔を歪めるティアと対照的に、ニグルの表情は笑みへと戻っていた。
「それで、結局どうするつもりなんだ?」
「それは君が決める事だよ、ティア」
焦りからか、詰め寄るようにして発されたティアの言葉に、ニグルは笑顔で切り返す。
「言っただろう、ウルマとの決闘に関しての決定は君に任せるって。今は前線にも出れないんだし、じっくりと考える時間もある」
「それは……だが、決闘を私が戦うという前提だったからじゃないのか?」
「そうだね、たしかにそれもある。だけど、今の君は騎士団長で、僕はあくまで護衛長に過ぎない。最初から、この戦争に関する最終的な決定権は君の方にあるんだよ」
「だが……っ」
何かを言いかけようとして口籠ったティアを見て、ニグルはゆっくりと背もたれに体を預けていく。
「とりあえず、こうして話してばかりもいられないかな。僕も忙しいし、君も考える事があるだろう。もちろん、相談にならいつでも乗るけど」
「……そうだな、失礼する」
いつの間にか前のめりに倒れそうなほどに前傾となっていた姿勢を戻し、ティアは踵を返して扉へと向かっていく。
「がんばってね、ティア」
遠ざかる背へと呟いたニグルの言葉には、扉の閉まる音だけが返された。




