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死者に別れを、あるいは生を  作者: 杉下 徹
Act.2  Proficiency
10/42

2-4

「いやー、ああいうとこ行ったの初めてだったけど、思ったより面白かったね」

 傾いた日が街を赤く照らす中、ところどころに星柄の描かれた三角帽を頭に被ったアンナが、隣を歩くアルバトロスへと緩んだ笑みを見せる。

「たしかに、ああいった娯楽的なものがあるとは思わなかった」

 そしてアンナの言葉を肯定するように、アルバトロスも満更でもない表情を浮かべる。

「でも、アルバがああいうアトラクションみたいなの好きだってのはちょっと意外だったかも。話し方とかいかにも硬いし、子供っぽいって嫌がるかと思ったけど」

「俺の時代は、まだ文化として未熟だった。口調も多様化する前で、性格に因らず皆このようなものだ。娯楽の類も書物か戦、あとは賭けに性交くらいしかなかったから、この時代では子供騙しであっても俺にとってはどれも目新しい」

「なるほど、そういう感じなんだ」

 売店で買った玩具の杖を指先で弄びながら、アンナが頷く。

「だけど、やっぱりあれは子供騙しだよね。だって、私のアルバトロス度が0ってどう考えてもおかしいし」

「俺自身が90を超えていた以上、遊びにしては良くできていたと思うが」

「えーっ、アルバも全然イメージと違うのに」

 頬を軽く膨らませたアンナは、しかしねぐらであるビルまで近付くにつれて表情を平坦に戻し、頭の帽子や手に持っていた玩具等を鞄へと仕舞い込んでいく。

「どうした、そんなに慌てて」

「別に慌ててるわけじゃないんだけどね。一応真面目に仕事してるアピールを、と」

 顔は緊張しているようにすら見える無表情のまま、声だけがおどけて聞こえる。

「なるほど、それは道理だ」

「あ、アルバもわかる口? 良かったー、なんか知り合いはみんな素のままで仕事とかしちゃうのばっかりで、理解者少ないんだよねー」

「まぁ、明確な目的がないのであれば演技など疲れるだけだからな」

「それって……」

 アンナの口にしかけた問いは、目の前の自動ドアが開くのと同時に途切れた。

 そのままお互いに無言で奥まで足を進め、終点でアンナが壁のボタンに指を添える。

「今回は、35階へと向かってみるとでもしよう」

「了解しました」

 すぐに開いた扉から個室へと乗り込み、アルバトロスの指示に従ったアンナが35の数字を押す。

「……なるほど、この場所にも監視の目があるという事か」

 得心がいったと頷くアルバトロスの前、アンナは頭を下げ、監視カメラの死角で小さく舌を出した。

「着きました」

 機械音声と扉の開く音、そして半拍おいてアンナが言葉と共に扉から出る。

「ここは……?」

 続いてアルバトロスも踏み出した先、そこには更にもう一枚の扉があった。

 アンナが開け放った扉の先には、一面に大理石の敷き詰められた空間。響いた疑問の声は、その室内にまったくと言っていいほど家具の類がない事へのものだった。

「もー、とぼけちゃって。しょうがないなー、アルバは。私とお風呂に入りたかったんでしょ? えっちなんだから」

「なるほど、この階は主に浴場、そしてここが脱衣所という事か」

 胸と股を腕で隠して体をくねらせるアンナに一瞥だけをくれると、アルバトロスは服の第一ボタンに指を掛ける。

「あれ……えっ、あの、本当に入るの?」

「ああ。心配せずとも、千年前にも風呂はあった。あくまで娯楽の一つで習慣ではなかったが、毎日のように入るのがこの時代の慣習ならば、あえてそれに逆らう理由もない」

「いやいやいや、そうじゃなくって。もっと恥じらいとか、そういうのないの?」

「恥じらい? 風呂に入るだけで何を恥ずかしがる事がある。言っておくが、お前と違って俺は、自分の体をそこまで見るに堪えないものだとは思っていない」

 慣れない服に手間取りながらも、大半のボタンを外し終えたアルバトロスが首を傾げる。

「ぉ、おぅ!? 別に私だって体には自信あるし! そこまで言うなら見る?」

「見せたいのであれば、そうすればいい」

「言ったね? 脱ぐよ、脱いじゃうよ? よっしゃぁ、おら、脱ぐぞー!」

 心なしか赤くなった顔で、スカートに手を掛けながら窺うように視線を送って来るアンナに、アルバトロスはシャツを脱ぎ捨てつつ一瞥をくれる。

「脱げよ」

「……うわーん! アルバがケダモノだったーっ!!」

 絶叫。

 顔を真っ赤にしたアンナは一歩でアルバトロスから飛び去ると、そのまま脱衣所の扉を抜ける。

 しかしその先、すでに下の階へと向かってしまったエレベーターの扉は、アンナがいくらボタンを連打したところですぐに開くものではなかった。

「うぅ、許して。せめて夜まで待って、電気を消して……」

「……まぁ、なんだ、そう怯えるな。ただの冗談だ」

 膝をついて身を抱えるアンナを見下ろし、溜息を一つ。

「冗、談?」

「ああ、言葉遊びの類をそう呼ぶのだと解釈しているが、違ったか?」

 顔を上げた先、上半身裸のままのアルバトロスをアンナが薄く涙を浮かべた目で睨む。

「それは冗談じゃなくて、セクハラだから! 笑えないから!」

「はぁ、そういうものか。お前も同じような事を口にしていたから、これが普通なのかと思ったのだが」

「女の子からはいいけど、男の方からはセクハラなの!」

「なるほど。一般常識は理解していたつもりだが、やはり細部まではなかなかに難しい」

 顎に手を当てて考える素振りを見せるアルバトロスの前、なんとか余裕を取り戻した様子のアンナがゆっくりと立ち上がる。

「ま、まぁ、どうしてもって言うなら一緒にお風呂に入ってあげてもいいけど。遊び半分で体を許すほど私は安い女じゃないから」

「よくわからないが、とりあえず、一人で入れと言われているのだろうな」

「それがわかれば良し! 私は外で見張ってるから、何かあったら叫んでねっ」

 ようやく来たエレベーターを乗らずに帰し、アンナが扉の横にもたれかかる。

「そうか、それでは頼んだ」

「うん、任せて……って、もう全部脱いでるし!?」

 再度の絶叫を背に、一糸纏わぬ姿のアルバトロスはそのまま風呂場へと向かっていった。


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