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SHORTで、俺。  作者: SIN
ニート

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時間の無駄遣い

 行ってしまった女性を律儀に待っている必要もないだろうと椅子から立ち上がると、1人の男性が後ろから現れた。

 「こんにちはー。この絵が気に入られたのですね?」

 笑顔の男性は真正面に座り、自己紹介もなく絵を褒め称え始めた。

 「この絵を描いた画家は、今はまだ無名なんですけどね、私の経験上スグに有名になりますよ。そんな人の絵をこの価格で買えるのは今しかないと思うんですよ。私なら買いますね!」

 だったら買えば良いのに。と、思いつつ、

 「はぁ」

 と、相槌。

 「良く見てください、この絵の力強さ」

 この男性にも俺は元気がないように見られたようだ。

 「この絵を飾る事で日々が充実するでしょう!」

 かなりの勢いで喋り続けている男性の口元を眺めながらボンヤリと話を聞いていると、いつの間にか俺が、この絵が欲しい。と、言った事にされていた。

 「いやっ、飾る所もないですから」

 慌てて否定文を言うが、男性はニコニコしたまま、

 「持っているだけで価値がありますよ」

 と、言ってきた。

 押入れかどこかに仕舞いっ放しにする予定で絵を買えと?それになんの価値があるんだ?しかも欲しいなんて一言も言っていないのに、どうしてこういう事になるんだろう。

 やっぱり、押し売りしている人の話術レベルは物凄く高いのだ。

 「お客さんの為に今回一生懸命交渉しましてね、大変だったんですよ?その結果がですね、本当ならここに書いてある通り100万なんですけど、今回のみ80万でOKが出たんですよ!」

 まるで自分の事のように喜んでいる男性には申し訳ないけど、しらんがなっ!

 「買いませんよ」

 ハッキリとした意思表示を見せるが、男性は全く怯まない。

 「買うべきです!」

 買わないと言っているのに可笑しな宣伝文句だと思うものの、こんなにも勢い良く言われてしまうと怯んでしまう。

 怯んだ所で80万の高額商品なんか買えないんだから、こちらも強気に出るしかないのだが、買いませんとハッキリ言う以上の強気な姿勢が他にあるだろうか?

 「とりあえず帰って……」

 「とりあえずじゃありません。今買うべきです!」

 男性はしきりに「今買え」と言ってくるから、物凄く居心地が悪くなってきた。これじゃあ学べる話術も何もない。

 早く帰って、買ったグラフィックボードをパソコンにつけて、動作確認をしないと。

 「そろそろ帰…」

 「ちょっと待って下さい。飲み物も出さずにすいません、ちょっとお待ち下さい」

 男性は、そそくさと行ってしまった。

 そう言われてみれば、確かにここに来て何も口にしていない。

 携帯も腕時計も持っていないし、このフロアに時計がないので、ここに来てからの正確な時間も分からないし、窓はあるが外が見えないので暗いのか明るいのかさえも分からない。

 相当な時間をここで過ごしていると言う事だけしか分からない。それに、入って来た時にここにいた他のお客さんはもう誰もいない。

 いつまでここにいれば良いのだろう?

 あぁ、今の間に帰ってしまえば良いんだ。

 椅子から立ち上がり、グラフィックボードの入った紙袋を手にした所で、また別の男性が話しかけてきた。

 人の良さそうな笑顔を見せる男性は手ぶらで、飲み物は持って来ていないようだ。

 「こんばんはー、この絵ですね」

 なに……この人……そんな、どうして……?

 俺は自転車で日本橋に来たんだ。

 移動時間を考慮して、午前中には日本橋にいた。

 そこから昼食も取らずに2軒ショップを回って、目当ての物を購入した。だからこの部屋に来たのは遅くても1時とかその辺の筈。なのに、この男性は今「こんばんは」と言わなかったか?

 「え?今何時ですか!?」

 ないと分かっていても時計を探してフロア内を見渡す俺に、男性はニコニコしたまま、

 「待ち合わせか何かですか?」

 と、聞いてきた。

 待ち合わせがあるから帰ると言うのは、かなり自然に帰る事が出来る口実になる。

 えっと……。

 「6時に駅前です。今何時ですか?」

 立ったまま尋ねる俺に男性は、座ってください。と、椅子を引いた。促されるがままに座り、キョロキョロと見渡す。

 「大丈夫ですよ、まだ6時になっていません」

 正面に座る男性はゆったりとした口調で言い、ね?と、見つめてきた。

 こうして始まる第3ラウンド。

 始めはただ、絵を進めてくる人の話術がどんなのか体験してみたい。と、思っていただけだった。なのに、今はただ只管帰りたい。

 目の前に座っている人は笑顔だし、口調だって穏やかなのに、怖い。

 落ち着いた雰囲気の薄暗いフロア内、外が見えず、時計もない閉鎖間に息が苦しくなる。

 「今回だけ特別に80万ですよ」

 「分割で良いんですよ」

 「絵が届いて、やっぱり気に入らないって思ったらクーリングオフ出来ますよ」

 契約すれば帰る事が出来ると言う絶対的な事実。

 そうか、それで皆サインをしてしまっていたんだな。

 だけど、俺には負けられない理由がある。

 絶対にサインしないという自信がある!

 俺は、無職なのだ!!

 分割払いだ?無職の俺がローンを組める訳がないだろ!

 クーリングオフ?どうせ担当の者と電話が通じないとか言ってクーリングオフさせないつもりだろ!

 今回のみ80万で良い?じゃあ他の人間に100万で売れば良いだろ!

 「絵はいりません。買いません。帰ります」

 立ち上がると男性はまた、待ってください。と、言ってきたし、入り口にいた男性が、こちらへどうぞ。と、椅子に案内しようとしてきたが、知らない。

 真っ直ぐに歩いて出口に向かい、外へ。

 開放感をかみ締めながら、勝利のジュースを買うために立ち寄ったコンビニで衝撃的な事実を目の当たりにした。

 3回目に現れた男性が、まだ6時じゃない。と、言ってから少し話しに付き合ったので、今が丁度6時頃だと思っていた。しかし、コンビニのレジ上にかかっている時計は、何度見ても9時を示していたのだった。

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