理科室前
下足室から教室に行くまでの廊下には理科室があった。わざわざ廊下から見えるように展示されていたのは数々の標本である。
本物なのか作り物なのかは分からないが、当時の俺はそれらが全て本物であると思っていた。俺だけじゃなく生徒の全員がそう思っていたに違いない。だから下校時間が過ぎても校舎に残っていると標本の泣き声が聞こえる、とか言う七不思議をいとも容易く信じた。それに、標本の展示方法にも問題があった。他の標本は廊下からも見えるように廊下側を正面にして置かれていたと言うのに、胎児の標本だけは見えないように1番奥に置かれていたのだ。
確実にアレは本物なんだ。上級生である姉もそう思っていた程。
そして、下校時間が過ぎても校舎に残っていると泣き出す標本と言うのが、その胎児なのだ。
しかし、こんな噂もあった。
理科室の前を通る時に息を止めていれば泣き声は聞こえない。
そんな馬鹿な事があってたまるか、そもそも液体の中に浸かりきっているあの胎児が泣いた所で聞こえるのはゴボゴボって音だけだろ、よく言うただの怪談話だ!それにあんな小さな奴が襲ってきても何も怖くないじゃないか!
心で強がり、この話を馬鹿にしつつ、俺は理科室の前で息が出来ない子供になった。そしてそれは驚く事に卒業するまで続く習慣になったのだった。




