遺族面 ※
2人の葬儀屋の手で棺桶に入れられる祖母を眺める。
前日、酔った親父に散々顔を撫でられていた祖母の顔からは化粧が取れてしまっていた。
1つの花束から1人1本ずつ花を取って、棺桶の中に1人ずつ入れていき、着物とかタバコも一緒に入れ、蓋が閉められる。そしてCDで流されるお経と、小さなお焼香セット。
CDのお経が終わると、納棺の少し前に来ていた母が全員に1枚の紙を配り始めた。そこには般若心経が書かれていて、全員でそれを読もうと提案し、率先して唱え始めた。すると姉も、姪も唱え始めるから皆釣られるように唱え始める。
何故2種類の経を唱える必要があったのかは分からないが、それで母の気が済んだようなので深く考えない事にした。
霊柩車に棺を運ぶ時に葬儀屋は俺達に、
「この方の最初のお孫さんは誰ですか?」
と聞いてきた。
当然それは姉である。しかし姉は姪を抱き上げ、
「この子です」
と。
それは曾孫!とツッコめない状況なので、結局棺の上に花束を置くという役目は曾孫である姪がする事になった。
火葬場に着くと、順番待ちをしている人が待合室にいた。
テレビの音量をかなり大きくして見ている人がいたり、暴れている子供がいたり。そんな中、1人のお坊さんが俺達の所に風呂敷を持ってやってきた。
「この度はご愁傷様です」
と喋り始めるお坊さんだが、テレビの音で声が聞き取りづらい。テーブルを挟んだ向こう側に座っていた姉の耳には確実に届いていないのだろう、恐ろしい目でお坊さんを凝視している。
そんな中で淡々と説明をしている声は、真横にいる俺に耳にもあまり届いていない。そして更に、
「○○家の方、6番にお越し下さい」
との館内放送。
普通ならば放送の間は説明を中断するだろう場面で、お坊さんは喋り続けている。
「テレビ消せ」
待合室に他の人がいなくなった事を確認した親父が弟に発した声の方がデカイ。しかし、弟がテレビを消す少し前に、お坊さんの説明は全て終了してしまっていた。
そそくさと待合室を出て行くお坊さん。テーブルの上には祖母の遺影が1つ。
「で、なんて言うてたん?」
機嫌が悪くなった姉がイラツキを隠そうともしない大声で言うので、俺は聞き取れた部分だけの説明をした。
お坊さんがして行ったのは、戒名の説明だ。
「えぇ名前付けてもろてなぁ」
遺影の文字を撫ぜながら、親父はしみじみと声に出した。
「木場家の方」
館内放送で呼びかけられ待合室を出ると、係りの人が入り口まで案内してくれた。そして全員揃った所で中へ。
入り口は別だと言うのに、中は広い空間になっていて、さっきの喧しかった団体家族も少し離れた所にいた。
ズラリと並んでいるのはエレベーターのようなドア、その前には祖母の入った棺おけが置かれ、ゆっくりとドアの中に移動して、そして静かにドアが閉まる。
経が唱えられ、終わると係りの人が手を合わせ、礼をしてからスイッチを押した。
「骨見たら、気分も落ち着くからな」
隣にいた母が俺の背中を撫ぜ、俺は前にいた姪の背中で顔を隠す。
屈んでいる俺に付き合ってくれたのだろう、姪は俺が立ち上がるまで動かずにいてくれた。
作法として、食事中に箸渡しをしてはだめだと怒られ続けてきたが、実際骨を拾う時は係りの人が遺族の前に骨を置き、それを個々が骨壷に納めるという形だったので1度も箸渡しは行われなかった。
係りの人は足の骨から順に説明をしながら小さな骨壷の中に骨を収めていく。
喉仏は、仏の形をしている事からそう呼ばれる喉の骨だが、祖母の喉仏は損傷していた。
無理にそうめんをかき出そうとした俺のせいなのか、それとも病院での処置の時に止む無く損傷したのか、それとも火葬している時か。
母は骨を見ると落ち着くと言っていたが、落ち着ける要素がどこにもない。
係りの人が喉仏を骨壷に納め、しっかりとした形が残っている頭蓋骨を、人数分にする為に手と箸で割り始めた。
パリパリパリ。
砕けた頭蓋骨を、遺族の1人1人の前に置いて行く係りの人。
俺達は目の前に置かれた骨を箸で掴んで、小さな骨壷の中に入れていった。
しぃん、と静まり返っている空間の中、骨を掴む箸が震えて、骨を置く時にガサッと箸先が骨壷の中をつついた。
軽石のような感覚に、ただ発狂したかった。
いっその事全員で人殺しだと言って欲しかった。
なにが「おばあさんは安らかな顔をしていた」だ。
なにが「大往生」だ。
震える手と今にも叫びだしそうな気持ちを抑える為に箸を置いて俯いていると、隣からガサガサと骨を掴む音が鳴り止まない。
どれだけ掴み損ねているんだと隣を見ると、姉が必死な顔をして前に置かれた頭蓋骨だけでなく、祖母の指の骨まで次々と骨壷の中に入れ込んでいた。
家に帰り、位牌と骨壷を仏壇に置き、線香をたく。
そんな仏壇から視線を逸らしてダイニングに逃げ、現実からも逃げ出す為に一気に酒を飲むが、全く酔えない。
親父と弟もきて、一緒に飲む。
2人して「よくがんばった」とか言うから溜まらず、
「俺のせい」
と。
親父は、
「アホか!」
と泣きながら怒り、弟は、
「そんな自責の念にかられたらあかん」
と言うが、自責でもなんでもない。
それを親父も頭では理解できているのだろう、今でも酒の席で“老後”の話になると俺を指して言うのだ、
「俺がボケたらアイツに素麺作ってもらうわ」




