古書
月に、多い時は7回程フリーマーケットへの出店をしていると、なんとなくの知り合いが増えるもので、いつも腕時計やアクセサリーの仕入先として行っていた出店者と「今日の売り上げはどうですか?」なんて声を掛け合うようになっていた。
他にも、近くの商店街でのフリーマーケットでは主催者である会長さんから直々に「今度の日曜日にフリーマーケット開催するので、どうですか?」なんて声をかけてくれるようにまで。
しかし、近所の商店街で出店しても人通りがあまりないので、売り上げはそんなに期待出来なかった。それでも毎回参加していたのは全て7月と8月の最後の週の土日、計4日間の夜店の為。
夜店の日は、何処からこんなに人が!?と思うほど沢山人が来るし、その半数以上は子供。
子供の喜びそうな商品を1位にしたくじ引き屋なんてのは、列が出来る程には盛況する。
つまり、物凄い売り上げが期待されるのだ。
そんな夜店への出店は、普段のフリーマーケットへの参加者が優先して出店権を得る事が出来る。だから会長さんから「皆勤賞」と言われるほど毎回欠かさず出店していた訳なのだが……
ある夏の日。
夜店への出店申し込みに商店街の事務局に行くと、その日の受付はタムの母親ではなく別の人だった。
その人は、恐らくユカちゃんへの手紙の送り主(中学2年編「犯人はクラスの中」参照)の母親。
なんとなく嫌そうな顔を向けられる意味は分からなかったが、それにもめげず、
「夜店への出店申し込みに来ました」
と、伝えた。
するとその人は資料とか、メモなども見ず、結構な即答っぷりで、俯いたまま答えた。
「あー、もういっぱいいっぱい。受け付け出来んわ」
これがまだタムの母親だったのなら「あー、いっぱいやったかぁ」と気にもならなかったのだろう。それにタムの母親ならば、自分の子供の同級生である俺に対しても肝心な所では丁寧だったので、ちゃんと出店申し込みの確認をしたり、メモを確認したりしてからの返事になっただろうし、そもそも「受け付け出来んわ」などとは言わないだろう。第一、嫌な顔すら向けられた事がない。
「そうですか。じゃあいいです」
それ以降、俺は近くの商店街への出店を一切しなくなった。
とは言っても他にも出店場所は沢山あったので問題はなかったし、寧ろ近所の商店街で費やしていた日曜日を他の、ちゃんとお客さんが来る会場に費やす事が出来たので夜店に参加出来なくとも、それと同等位の儲けは出たと思う。ただ、留守電に残される商店街会長の「フリーマーケットの出店について返事をください」とのメッセージは、聞く度に胸が痛んだ。
こうしてフリーマーケットに熱を上げていたある日の夜。
そこそこお酒を飲んでいた親父から、結構な話を持ちかけられた。
親父が当時付き合っていた女性に、酒のツマミとして俺がフリーマーケットをしている事を話した所、なんと、その女性が大家を勤めているビル?の空き店舗の1つを貸しても良い。と言うのだ。
「家賃は?場所は?駐車場は?」
思いっきり乗り気になって色々質問をする俺に、親父はその場で女性に電話をして色々と説明を聞いてくれた。
のだが、女性にとっては飲みの席での軽口だったらしく、まさか俺が本気にするとは思っていなかったようで、不動産と相談とか、契約がどうのこうのとか、なにやら難しそうな言葉が親父の携帯から聞こえてきた。
なんだ、女性の冗談だったのか。
早々に諦めて自室に入って暫く後、ノック音がして出て行くと、
「家賃、売り上げの7割でえぇって」
と、まだ通話中の親父が言ってきた。
「……え?7%じゃなくて、7割?」
親父は女性に確認を取り、パッと顔を上げると
「総売り上げで、7割」
と。
本当に冗談のつもりだった事がありありと伝わってくる家賃設定に、俺は一応丁重に断るようにと親父に頼んで自室に戻った。
その後徐々にフリーマーケットへの熱が冷め、そして急に出店出来るような状況ではなくなる。




