百足
久しぶりに絵の具を出してみよう。
不意に思い立った俺は押入れの奥に入れていた絵の具セットを取り出すと画用紙に下絵を描き始めた。
当時かなり好きだったのはイルカやシャチをエアーブラシで描いている画家だったので、その影響を色濃く受けてイルカの絵を描いていた。
「いぃって……」
岩とか珊瑚とかのバランスを見ようと少し離れて絵を眺めていると突然左手に痛みが走った。
いたたた、と何度か手を振ってみても特に何かが刺さっている訳でもなく、腫れているという訳でもなく。しばらくすると痛みも引いたので不思議には思ったがスグに忘れて絵の続きを描いた。
翌日、下絵が完成したのでいよいよ絵の具の出番である。
まずは背景となる海の色を塗って、乾いてから岩と珊瑚で、最後にイルカ。と、順序を決めていると、
「いったぁ……」
左足に痛みが走った。何事だ?と視線を足元に向けると、物陰に向かって蛇行して行く長細い何かが見えた。グリングリンと言うのか、グネングネンと言うのか。
焦点が合わない目で一瞬だけ見えた黒い物の正体は分からないが、何か大きな虫が部屋の中にいるという事と、その虫に噛まれたと言う事は分かった。
そしてもう1つ、その虫に噛まれるとかなり痛いという事も。
噛まれた後は痺れ切れた時の痛みを強烈にした、ビリビリとした痛みがしばらく続く。
それでも色塗りを始めると虫の事は気にならなくなった。
翌日、目覚まし時計の音が鳴るより早めに目が覚めた。
時間はまた早く、余裕で2度寝が出来る時間だったのだが、何か物凄い違和感が腕にあり、恐る恐る布団を捲った。
「ぅぁっ!」
人間は本当に驚くと意外と大声が出ないものなのだ。
俺の腕、と言うよりも鎖骨の辺りに5cmはあろうかと言うテラテラと変に光沢のある長細い虫が這っていた。
慌てて飛び起き布団で払うと、ソイツはグネングネンと体を左右に振りながら枕の下に隠れた。
ここで逃がしてはまた明日からも噛まれるかも知れない!それにこんなモーニングコールは2度とゴメンだ!しかしアレを直接摘み上げて外に追い出すのは難易度が高い。
ゆっくりとベッドを部屋のドアまで引きずり、大きくドアを開け、枕を部屋の外に向かって蹴り飛ばした。しかしグリンと蠢く黒い虫はまだベッドの上にいて、急に隠れていた物がなくなったからなのか恐ろしく素早い動きで逃げ出した。逃げて行く方向は部屋の外。グネングネンと出るのを確認し、その後はホウキで転がすように玄関の外に追いやった。
「いって……」
すべてが終わってホッとした時、昨日噛まれた左足がまたビキビキと痛んだ。




