不調
全く食欲が出ない日が何日か続いた。
喉は渇くのだが、どうしても食欲がない。無理に食べようとしたって卵サンド1個を1日かけて食べるのがやっとだった。
それでも特に問題もなく学校に通えていたし、常に腹が鳴っている状態でもなかったので、食費の節約になっている。と軽く考えていた。
そんな日が更に数日続いた。
目覚ましの音で目が覚め、2度寝して、そろそろ起きようかとベッドから出て制服に着替えている最中、恐ろしい程の眩暈に襲われた。
グルングルンと脳が揺れている感覚に立っていられなくなり、ベッドに倒れ込む。とんでもない気持ち悪さに吐き気がするが、30分もすると治まった。
今のはなんだったのだろう?それより遅刻だ、さっさと着替えて行こう。
勢い良く立ち上がってしばらく、また眩暈がやってきた。さっきよりも強めに感じる吐き気に溜まらず倒れ込む。
また30分ほどで落ち着き、今度はゆっくりと立ち上がってみるが、駄目だった。
どうやら今日は立ち上がっては駄目な日らしい。
そう思い匍匐前進でトイレに向かう。用を足している間は起き上がっていなければならず、眩暈に耐えていたが、終に吐き気に負けた。
水を流し、トイレを出た所で力尽きバタンと倒れると、その音を聞きつけた祖母が2階から降りてきた。
祖母の目には俺が学校をサボってダイニングで昼寝をしているように映ったらしく、グチグチと文句を言われ続けた。寝転びながらそれを聞いていると眩暈が治まったので素早く部屋に戻ってベッドに寝転んだ。
トイレに行く事も辛い状態が続いた時、部屋の戸をノックする音がした。出来るだけ早くトイレを済ませて戻って来なければならないので部屋の鍵はかけていなかったのだが、体調が可笑しくなってからこうして訪問者があるのは初めてだ。
「開いてるで」
寝転んでいると至って普通なのが不思議だった。
部屋に入ってきたのは弟で、最近の俺の様子を心配し、病院に行こうと言ってきた。しかし問題がある。トイレに行くのでさえギリギリなのに病院まで歩き、更に順番待ちをし、診察室で病状の説明をするなんて、難易度が高過ぎる。
素直に起き上がれない事を告げた俺の目の前で弟は119番通報した。
救急車で運ばれた病院で点滴を打たれ、そのまま看護師に「帰って良いですよ」と言われた。だから治ったのだろうか?と不思議に思いつつ起き上がってみると、相変わらず襲って来る眩暈と吐き気。
少し座ったまま落ち着くのを待とう、点滴を打ったんだから大丈夫な筈。
大丈夫ではなかった。
「木場さん、点滴終わりましたよ?帰って良いですよ?」
動けない俺に看護師は再び声をかけてきた。
「帰れる訳ないやん。こんなん俺でも分かるわ」
横に立っていた弟が、サラッと小声で看護師を小馬鹿にすると、看護師は黙って立ち去った。その後ろを追いかけて出て行った弟。
治療室の薄いカーテン越しに聞こえて来る看護師と医師の会話、どうやら空きベッドがないので俺には帰って欲しいらしい。
「もう大丈夫な筈なんですけどねぇ」
そう聞こえたので上半身を起こしてしばらく、徐々にやって来る眩暈。
救急車で家まで運んでもらえないだろうか、とか無茶な事を考えながらも俺の中では帰る事は決定していた。そもそもベッドが空いてないならしょうがないと思ったのだ。
そんな会話を聞いていると、他の看護師がやってきて、立てますか?と聞いてきた。追い出しにかかられたと立ち上がり、タクシー乗り場まで耐えようと歩こうとしたが、さっき上半身を起こした時に襲って来た眩暈がまだ完全に去っていなかったらしく、立った瞬間舞い戻ってきた。これは駄目だと倒れ込む。すると看護師は医師の元に向かい、
「入院が必要です」
と言ってくれた。晴れて入院が決定したのだが、病室に運ばれたのは20分ほど待ってからになった。
ベッドを片付ける間、と言う事で待たされたのだが、どうして片付けなければならなかったのか…。
きっと急遽退院した人がいたんだろう。
俺は全力でそう自分に言い聞かせた。




