チケット購入
駅前にあるゲームセンターの前にはちょっとした広場があり、そこには昼間に見ると、とてもじゃないけど座りたくないような汚いベンチが4基ある。
家に帰りたくなかった俺は、このベンチに座るためにゲームセンターに通っていた。
バイトがない日は夕方、バイトがある日は夜。
雨が降っていない日はベンチに座りに行っていた。
よいしょっ。と、座ってしばらくすると、ゲームセンターからマッツンが出て来て、
「おはよーさん」
と、手を上げて挨拶しながらドカッと俺の隣に座った。
「おはよー」
おはよう。と、挨拶をしているが、夕方や夜である。
同い年位だという事は分かるのに、何処の学校に通っているのか、何年生なのかも知らない軽い顔見知り。
お互いあだ名位しか知らない。
それでも、
「ゲーセンの中めっちゃ暑いわぁ~」
「なんか冷たいモン飲んだら?」
「奢って」
「嫌」
会話は普通に出来た。
明日も会おうとか何時に行くとか、そういった「次に会う為の約束」を一切していないのに、行くといた。
ゲームセンターの中に入って声をかけたり、呼び出したりしていないのに、ベンチに座っていると隣にやって来た。
お互い自分の事はあまり話さなかったのだが、ある時からマッツンはベンチにギターを持って来るようになった。
ベンチで弾き語る訳でもなく、ただ担いでいるだけ。すると、ベースを担いだ若者がベンチにやって来るようになり、2人から作曲がどうの、作詞がどうのって話が聞こえてくるように。
聞かなければならない空気に、俺は軽く、
「バンド組んでるん?」
と、聞いた。
その途端、ベースを担いでいた若者が鞄から取り出したのは、数枚のチケット。
くれるのだろうか?
「今度ライブやるから、来て!ワンドリンク無料で、1300円!」
押し売りの方か!
毎日顔を合わせて、多少の話しをして、一応仲良くしているマッツンがライブをすると言うのだから、ここは行かなければならないか……。
「ノルマで10枚売らなアカンねん。1000円でえぇから2枚買うて」
その後若者は、売れなかったら自腹やねん。と、頼んでくるから、俺はその場で2枚購入した。
ありがとう。と、頭を下げる2人。
別に良いよ。と、手を振る俺。
練習しに帰る。と、去って行く2人。
分かった。と、手を振る俺。
ベンチに残され、買ったばかりのチケットを眺める。
そこには出演バンドの名前と、ライブハウスまでの簡単な地図も描かれていて、ワンドリンク無料と書いてあった。
出演するバンド名を見ても誰なのか分からなかったので、2人のバンド名を聞けば良かったかな、とか思いつつ自動販売機でジュースを1本買う。
広場にある時計は11時を示していて、今からバンドの練習をするには遅いんじゃないだろうか?と不思議に思い、再びベンチに座る。
プシュ。
誰もいない広場でジュースをグイッと飲み、通り過ぎて行く人や車をしばらくボンヤリと眺め、なにか府に落ちないのでもう1度チケットを眺めた。
何組かのバンド名、ライブハウスまでの簡単な地図、ワンドリンク無料……特に可笑しな所はない。
チケットが黒いから怪しげなだけだろう。
ゴクゴク。
あれ?やっぱり何か可笑しくないか?
今度は買った2枚のチケットを見比べてみる。
何組かのバンド名、簡単な地図、ワンドリンク無料……同じ物だ。
しかし、この余った1枚をどうしてくれよう?誰かに買い取ってもらえれば良いんだけど……。
頼み事が出来る程仲の良い知り合いなんていませんけどね!
もう、2000円のチケットを1枚買ったと思う事にしよう……。
誰かを誘うにしたって、その日に都合が合うか分からな……。
あれ?
恐ろしい事に気が付いてしまった俺は、かなり慎重にチケットを眺めた。裏と表、何度も何度も見直した。
あぁ……しまった。
2人は、今度ライブやるから。と、言っていたし、来て。と、頼んできた。だからチケットを2枚買った訳なのだが、2人はライブが何月何日、何時から始まるのか、詳しい事は言わなかった。
そして、チケットには、開催日や開始時刻の表記が一切なかったのだ。




