耳打ち
中学2年の頃から不登校になっている生徒がいた。
名前も顔も知らなかったのだが、3年でソイツと同じクラスになった。本当に1回も登校して来ない。テストだろうがなんだろうが1度もだ。
しかし、ある日突然ソイツは登校してきた。特にイベントがある日という訳でもなく、至って普通の平日。
「おまえ来たんかぁ~久しぶりー」
何人かの生徒が声をかけ、ソイツも、
「暇過ぎて来た~」
と、笑いながら答えている。
引き篭もり気味で登校していないと勝手に想像していた俺は、全く真逆のソイツに心の中でひそかに謝った。
「俺、赤谷(仮名)よろしく」
話しかけられたのは本当にスグの事、俺の前の席だったので始めて見る俺に自己紹介してくれたのだ。ならばこちらも名乗らなければならない。
「木場です。よろしく」
そこから何となく仲良くなり、一緒にカラオケに行ったりゲームセンターに行ったりした。そうなると極自然に疑問になる事が1つ。
何故今まで登校して来なかったのか。不登校になる切欠はなんだったのか。
赤谷はクラスメートの皆から「前園さん(仮名)の事が好きなんやろー」と、からかわれていた。しかし前園さんは男子から人気の高い女子で、2人共満更でもなさそうだった。だからそれが理由で不登校というのは不自然過ぎる。しかし、それ以外には理由が見当たらない。
聞いても良いのか悩んだ俺は、結局聞く事にした。遠回しに聞けるほど器用ではないので、真正面から。
「なんで今まで不登校やったん?」
直接的過ぎる俺の質問に笑う赤谷は、少し考え込んでは首を捻り、また考えては唸りと、何かを確実に言おうとし始めた。
黙って待つ事10分程度。
ちょいちょいと手招きされて近付くと、耳元で
「自分探しやっててん」
と、言ってからの笑い声。
「話しそらすなや」
えー?と大袈裟に声を上げた赤谷は、また何か考えている仕草を繰り返すと、再びちょいちょいと手招きしてきた。
「次、そらしたら罰ゲームな」
「好きなん、前園さんちゃうねん」
満更でもなさそうだったのに、どうやら違ったらしい。
「そうなん?」
「そっ。今はその人に会う為だけに学校行ってる」
今はって事は、最初はやっぱり前園さんの事が好きだったのだろうか?
他に好きな人……誰だろう?
気になるけど、好きな人を聞き出せるほど仲良くも無いか。
「学校には勉強するために行こうや」
そう言って笑い合った後、コソッと耳元で大変な事を打ち明けられてしまった。
好きな人の名前を告げられてしまったのだ。
だけど、それは到底応援出来る人物ではなかったので、俺はそのまま何も言えなくなってしまったのだった。




