要望
席替えの末、教卓の真ん前の席になった。
元教卓前だった生徒の話によると、ホームルームの時は担任の唾が飛んで来るらしく、俺は朝から憂鬱な気分だった。
予鈴が鳴って自分の席に戻ると、しばらくして担任が教室に入ってきた。
「なんや、席替えしたんかー」
と、担任は教卓に張られた新しい席順に視線を落とし、その序に下に有る俺の顔を確認したのだろう、
「木場はここかぁ」
とか呟いた。
担任は予鈴が鳴る頃に教室にやって来て、本鈴が鳴るまでは教卓前に座り、ボンヤリと教室にいる生徒を眺めたり、生徒と喋ったりしていた。
教卓にいる担任と、教卓前の席に座る俺。本鈴前なので教室内は生徒達による私語で少々やかましい。だから、喋る時は顔を近付けなければ聞こえない。
教卓に頭を伏せる担任と、少し身を乗り出す俺。
そんな至近距離で時々、呟くような小声で言われる言葉があった。
「メガネ外して」
そんなある時、朝の点呼を取り終えた担任は、名簿に丸とかバツをつけていた3色ボールペンを俺の机の上に置いた。
落としたのだろうか?と3色ボールペンを持って差し出してみるが、担任は受け取らずに少しだけ顔を近付け、
「あげるわ」
と。
「え?あ、ありがとう……」
「その代わり、ホームルームの時はメガネ外してて」
担任からもらった3色ボールペンは卒業するまでしっかりと使えたので、俺は担任が担当してくれた1年と3年の間、ホームルームでメガネはかけなかった。




