踊り場の鏡
姉の参観日の日。
俺は母と共に姉の教室を目指していた。
階段を1人でドンドンと先に登って行く母の背中は遠く離れていくが、
「早く来い」
と、踊り場で立ち止まり、振り返って声をかけてくれた。
俺が行くまで待ってくれる……訳でもなく、まだズンズンと階段を登り、終に俺の視界から母の姿は完全に消えてしまった。
置いて行かれた。
それを受け入れる事は出来ず、置いていかれないようにと急いで階段を登る。だけど俺はその時幼稚園児で、登っている階段は小学校の階段。
授業は始まっている時間だったのか、とにかく母は姉の有志を見ようと急いでいた。
「ふぅ」
さっき母が声をかけてきた踊り場に立って見える真正面の壁には、懸命に階段を登ってきたせいで帽子がずれてしまっている俺を映す鏡が、壁の中央に嵌め込まれていた。
鏡に近付いて、背伸びをしながら帽子を被りなおした所で、
「なにしてんねん! 早ぅ来い!」
と怒鳴られ、また急いで階段を登った。
それから1年後の春、俺は姉と同じ小学校に通う事となった訳なのだが、何処をどう探してもその時の鏡を見付ける事は出来なかった。




