夜道
真っ暗な道、人通りもない道を歩く自分の足音。
正面に見えるのは大通りの街灯を背に、長く延びている2人分の影。
遅かったか。
力が抜けてその場に立ち尽くす。
正面から歩いてきていた2人は俺が動けずにいる事などお構いなく近付いてくる。その手には白い袋。
くそっ、次こそは!
グッと拳を握り、冷静になれと自分に言い聞かせながら止まっていた足を再び2人に向ける。
「迎えに来たんかぁ?」
正面に立つ2人は街灯の逆光により顔は見えない。怒っているのか笑っているのか、口調は穏やかだったので怒ってはなさそうだ。
その時俺は何か言ったのか、それとも黙っていたのか思い出せないが、その後に笑い声を聞いた気がした。
「お前はまだ食えんもんや。帰ったらお母さんにミルク作ってもらいーな」
ミルクと言うのは粉ミルクではなく、甘くもない至って普通の温めた牛乳の事だ。
ヨイショとの掛け声と共に視界が急に高くなり、下に見える姉は羨ましそうに俺を見上げていた。
数分前、親父と姉が2人で近所のコンビニに行った事を聞いた俺は、家をソッと抜け出し、暗くて狭い道を走っていた。
特に欲しい物があった訳ではなく、家以外の何処かに向かうと言う尋常じゃなく気分が高まる散歩。それに置いて行かれた事によるショックから急いで追いかけたのだ。
3歳に満たない子供が1人で夜道を歩く、普通なら怒って然るべき場面で親父は笑顔で俺を抱き上げてくれた。その代わり、家に帰ると物凄い勢いで母と祖母から怒鳴られた。
その激しい攻め立てのせいなのか、俺はその後、母にミルクを作ってもらったのかを思い出す事が出来ない。