知らない人?
知らない人について行ったら駄目。
そんな事は分かっていたし、俺は激しい人見知りだから、知らない人について行こうとも思わない。
筈だった。
いつからか、校門の所で「さようなら」と児童に声かけをする男性が立つようになっていた。人の良い爽やかな笑顔で、違和感もなかったので、俺はそういう係りの人なんだと認識した。
「さようなら」
初めは声をかけられても頭を下げるだけだった俺も、徐々に、
「さようなら」
と返せるようにまで。
俺がそこまで慣れたのだから、他の児童はもっともっと親密になっていて、楽しそうに喋ったり、飴をもらったりしていた。
男性を見るようになってから1週間か、2週間程経った時の事。
「さようなら」
と声をかけられて顔を上げると、その男性が俺を笑顔で見ていた。
「さようなら」
返事をして手を振ると、男性はポケットの中に手を入れて……多分、飴をくれようとしたのだと思う。
「あぁ、ないわ」
残念そうに呟いた男性はチョイチョイと手招きした。
なんだろうか?と近付くと男性は俺の耳元で、
「あげるから、ついてきて」
と。
何の疑いもなく男性の後ろをついて歩いて行くと、駅の近くにまで来ていた。
これから駅前で飴を買うのだろうか?と思いながら更について歩く。しかし、駅には向かわずに横道に反れ、人通りもあまりない道を進む。
男性は前を歩いているので背中しか見えないし無言。人が通らないからほぼ2人きりの空間は、やけに居心地が悪かった。
不意に、知らない人について行っては駄目。と、脳裏に浮かぶ。
この男性は俺にとって知っている人?
毎日顔を合わせて挨拶をしているんだから、知っている人だ。
本当に?
知らない人ではない。
信用出来る人間か?
それは分からない。
あれ?分からない?
え?分からない?
分からない!?
「俺、やっぱりいらない。他の子にあげて!」
俺は立ち止まると、繋いでいた手を振り払い、来た道を走って戻ったのだった。
翌日。
「さようなら」
男性は校門の所に立っていて、相変わらずの笑顔で児童に声かけをしていた。
度を越えた人見知りは、なんでもない人にまで警戒してしまうと言うだけの話。




