ユキ
ユキを堂々と飼い始めた俺と弟だが、母からは何も言われなかったし、姉も、部屋の中に入れなければ良いよ。と言ってくれた。
かなり天才だったユキは数日後にはトイレを覚えたし、可笑しかった歩き方も徐々に治ってきて、夜中に姉の部屋に入ろうとする程元気になった。
「予防注射とかどーすんの?」
ユキに茹でたささ身をあげていると、弟がかなり現実的な事を言ってきた。当然いくらかかるのかも分からないし、家の近所に動物病院はない。
猫を飼っているご近所宅に押しかけ、どうすれば良いのかを聞き、動物病院までの道のりを聞き。トイレ用の砂の事や爪とぎの事とか色々聞いて。これで立派な飼い主になれると自信を持って帰った家。
ダイニングには体育座りをしている弟が1人。
少し薄暗い部屋は静かだった。
「ユキは?」
弟は何も言わない。
夜中にユキが姉の部屋に入らないようにと作ったバリケードもないダイニングは、かなり広く感じた。
訳が分からずに2階に駆け上がり、そこにいた母に尋ねる、
「ユキは?」
母は面倒臭そうに顔を歪めながらビールを飲むばかりでなにも答えてくれない。
何があったのか、それすら分からないまま1階に戻り、もう1度弟に事情を聞こうとした時、親父が帰ってきた。
仕事から帰って来たと言うよりも、散歩から帰ってきたような軽装。そして弟は分かりやすく親父から視線を外した。
「ユキは?」
親父はポンと俺の頭に手を置き、
「捨ててきた」
と言った。
「なんで!?どこに!?」
「言うたらまた拾ってくるやろ?やから教えん。家では飼われへんねん……」
何故無理なのか、無理ならどうして飼い始める前に何も言ってこなかったのか。言いたい事は次々と頭に浮かんでくるが、声には出さない。
捨てた場所を教えるとまた拾ってくる。と言う事は、近所にある公園の何処かじゃないだろうか?と思ったから。
一旦親父の言い分に納得する振りをして、親父が2階に行った隙に家を飛び出し、探して、探して。
結局、ユキは見付からなかった。
家に帰ると親父がダイニングに座っていて、帰ってきた俺に短く説明をした。
「この家の事、バアさんに頼んだんや」
俺は全てを察した。
祖母は大の猫嫌いだったのだ。




