不穏
晩酌をしていた親父と母の口調が徐々に激しくなり、喧嘩に発展した。酔っている時の親父の決まり文句は、
「じゃあ離婚するか!?」
で、その日も高らかとそう言い放った親父。いつもならそこで黙る母なのだが、その日、ついに言い返した。
「するわ!」
え?と、姉も弟も親父達に注目する中、母は既に記入済みの離婚届をカバンから出して広げた。
売り言葉に買い言葉と言う訳ではなく、母の中では離婚する事は決定事項だったようだ。
「え?」
信じられない物を見たせいなのか、親父は怒りも忘れて離婚届を手にしている。
仕事終わって帰って来るだけの男。とか、浮気も出来ない甲斐性なし。とか、何をどう聞いたって悪口には聞こえない事を怒鳴る母。
「えぇやんか!」
もっともな事を言い返した親父は、持っていた離婚届を破り捨てた。
「なんて事すんの!?」
母は怒鳴り、階段を下り始めたのだが、トントンと下りて行く足音が途中で、ズドドドに変わった、
階段から落ちたのだ。
1階から聞こえるのは母の呻き声と、何事か?と部屋から出てきた祖母の「何してんの!?」の言葉。その声を聞いた姉は勢い良く立ち上がり、転げ落ちるのでないだろうかと言う位の速さで階段を下り、多分祖母に向かって大声で怒鳴った。
「お前のせいや!」
姉からしても母の突然の離婚届けは謎だったのだろう、全ての原因を祖母に押し付ける事で無理矢理理解しているようだった。
突然訳の分からない言い掛りを付けられた祖母ではあったが、元々祖母と母の仲はよろしくなかったので、少しの間3人でギャアギャアと罵り合いを繰り広げた。
まだボンヤリと呆けている親父は、それでも事態の収拾に1階に行くと母と姉に2階に戻るようにと言っただけ。
俺は1階に下りて、呆然としている祖母に言った。
「皆酔ってるだけやから、気にせんでえぇよ」
祖母は笑いながら、
「そうやろうなぁ」
と言っていたのだが、次の日の朝、ダイニングのテーブルの上には祖母直筆の置手紙があり、それには「ちょっと出て行きます」と書かれていた。




