ピアス
小学校5年の冬休み、バイトから帰ってきた姉が俺の耳元で、何を深刻に悩む必要があるのか?と不思議に思える悩みを打ち明けてきた。
「ピアス、あけようと思うんやけど、えぇと思う?」
深刻そうに言われるまでの内容には到底感じられず、俺は
「えぇんちゃう?」
と答えてから、何故これ程までに深刻なのかを考え、そして思いついた。
耳に穴をあけるのだから多分痛いのだろう、だから姉は1人でやるのが心細いのではないか?と。
姉が2階に行った後、俺は祖母の部屋にある化粧台の前に座った。
化粧台の上にはタバコと灰皿と、ライターが置かれていたので、名札のピンをそのライターで炙って消毒し、時間をかけて、ゆっくりと左の耳たぶに穴をあけていく。
痛いので少しずつ、グッグッと力を入れて、誤魔化しながら。
血は全く出なかったし、穴が開いた後で考えてみるとそこまで痛くもなかったのだが、最後の皮1枚を突き破る音だけはやけに五月蝿かった。
これで姉も心置きなく耳に穴をあける事が出来るだろうと、左耳たぶを見せに向かうと、姉は更に深刻そうな顔をして、
「オカンがピアス反対してんねんけど、それでもあけてえぇと思う?」
と。
母が反対しているのなら、あければかなりの勢いで怒られる事になるだろう。
そう言う事は先に教えてくれ、と心の中で言い、俺はただ、
「了解をもろてからの方がえぇんちゃう?」
と答えながら、サイドの髪で耳を隠したのだった。
それから数日後の大晦日、年越しそばを食べていた俺の隣にやって来た姉は、ニマニマと笑いながらサイドの髪をかきあげて見せてくる。まさか?と思って目を凝らしてみると、両方の耳たぶにはキラリと光るピアスが1つずつついていた。
「了解もらえたん?」
母に気付かれないように小声で聞くと、サッと耳を隠しながら首を横に振る。
じゃあなんであけたんだ?
「友達があけに行くって言うから着いて行ってん」
姉はどうやらちゃんと病院に行き、そこであけてもらったようだ。それを聞いた俺は、
「病院でやったんなら大丈夫かなぁ?」
そんな安易な事を言った。
除夜の鐘がテレビ画面から聞こえ出し、そろそろ寝ようかと2階に行くと、除夜の鐘とは別にバシン、バシンと妙に生々しい音が……。
嫌な予感と共に階段を駆け上がって音のする部屋の中に行くと、そこには親父にビンタされている姉がいた。
ピアスをあけた事で怒られている?
バシン、もう何発目なのか分からない程延々とビンタを繰り出す親父。姉はもの凄い目で親父を睨みつけながら、叩かれても叩かれても正面を向いて睨み続けている。
ピアスをあけようと思ってんねん。そう言われた時に俺が「止めた方が良い」とハッキリ言っていればこんな事にはなってなかったかも知れない。母が反対をしていると聞いた時、もっと全力で止めていたら。
俺は親父と姉の間に割って入り、左耳たぶを見せながら言った。
「俺も殴りぃや」
しかし親父は俺を殴らなかったし、姉を殴る事も止めた。その代わりに、どこか悲しそうに俺達を眺め、部屋の隅にいた弟に声をかけた。
「お前はあけるなよ」
弟は小刻みに何度も頷いていた。




