通知表
通知表を貰った。
1人ずつ名前を呼んで、1人ずつに手渡していく担任。
受け取って、ゆっくりと開けてみると、見事に「がんばろう」ばかりだった。1箇所「できる」があったが、それは担任が担当していない音楽のみ。
担任のコメントの所には「何も出来ないんですね」の文字。
恐ろしい事に、家に帰ってコレを母に見せなければならない。
どんな事を言われるだろう?ビンタ位は覚悟した方が良いか?
緊張に緊張を重ね、重たい足取りで家に帰ると、ダイニングには母の姿があった。そして無言で手を出され通知表を催促される。
恐ろしいのに、拒否する事が出来る筈もなく、テーブルの上に通知表を置いた。
「チッ」
手を出していたのにテーブルの上に置いた俺の行動が癪に障ったのだろう、母は眼光鋭く舌打ちをすると、荒っぽく通知表を持ち、開いた。
絶対に怒られる。
絶対に叩かれる。
そう覚悟して俯くが、一向に何もない。
あれ?と顔を上げると、母は通知表を投げたのだろう、通知表は母のいる所から遠く離れた床に落ちていた。
溜息1つ残し、2階に上がって行く母の後姿を眺めながら、怒られた方がマシだという事が本当にあるんだと知った。
それから少しして帰ってきた弟は、もう既に手に通知表を持っていて、ダイニングに立ち尽くしている俺に向かって、
「見て、見て」
と、物凄い笑顔で差し出してきた。
ものの見事に「よくできる」と「できる」しかない。担任のコメントも弟を褒める内容で。
確かに俺は頭が悪いし、運動神経だって最低だ。
確かに弟は頭が良いし、運動もそこそこ出来る。
だから?
それが?
「なんやねん……俺に対する当て付けか?」
完全に八つ当たりだと分かっているのに、止まらない。
ビリッ!
俺は、弟の通知表を2つに破った。
それで号泣した弟の声で慌てて下りてきた母は、ここでようやく俺を叩いた。
母は少しの間「よくできるばっかりで凄い!」と弟を褒めていたが、一向に泣き止まない事に嫌気が差したのか2階に上がっていった。
1階に残ったのは俺と、弟。そして放り投げられたままの自分の通知表と、俺が破ってしまった弟の通知表。
細かく破った訳ではなくて、半分に破っただけなのでセロテープ1つで元通りにはなったが、それでも弟が泣き止む事はなかった。
どうしたものか?
何度謝っても許しが出ない。
どうしよう?
何かないかと部屋中を見渡して手にしたのは、床に投げ捨てられた自分の通知表。
ゴミ程の価値もない通知表を手に弟の前にしゃがみ込み、開けて見せる。
頭の良い弟では見る事が出来ない「がんばろう」が並ぶ光景を堪能してもらい、そこで声をかけた。
「破ってえぇよ」
しかし弟は通知表に手を伸ばしてこない。だから、
ビリビリッ! ビリビリッ!
自分で破った。
細かくなった通知表。それを雑に掴み上げて紙吹雪にして少し遊んでいると、次第に弟の機嫌も元に戻り、俺に変わって散り散りになった通知表をかき集め、それを差し出してきた。
「はい。がんばろう」
俺はセロテープで元に戻した弟の通知表を差し出す。
「はい。よくできました」




