猫についた嘘
母の田舎は、隣の家まで車で10分とか普通にかかる程の田舎だった。
弟は山の斜面を自転車で激走したり、ダッシュで坂を駆け上がったりと健康的で危険な遊びをしていて、姉は車の中で音楽鑑賞、俺は縁側に座って絵を描くと言うのがお決まりの時間の過ごし方だった。
小5の盆休みの事、いつも俺が座っていた縁側の椅子に1匹の猫が座っていた。
かなり警戒心が強いのか中腰になって威嚇してくる猫。仕方なく猫がいる所から少し離れた場所に座って絵を描き始める。
猫は元々名古屋に住んでいる遠い親戚のオッサンの飼い猫だったらしいのだが、誰にも懐かず、攻撃的で手におえないからと猫だけを置いて帰ってしまったらしい。
そんな凶暴性を秘めている猫とはつゆ知らず、俺は猫を含めた風景画を自由研究として提出するべく、かなり集中して描いていた。
時々首を持ち上げ、鋭い視線を向けてくる猫。しかしその猫の目があまりにも綺麗な青色なので、睨まれても恐怖感はなかった。
下書きが終わってひと段落つき、縁側に寝転び廊下の木目などを観察中、なにか温かな気配がしてチラリと視線を向けると俺の足元で猫が丸まっていた。
いつもの場所が空いた、と思ったが涼しい風が吹く縁側である。そんな所に寝転んで木目を見ている状態で、足元に猫。
寝るなと言う方が無理である。
こうして猫と一緒に昼寝をして、一緒に縁側でボンヤリして、一緒に地味に散歩していると、何をどう見たって凶暴性の欠片もないただの可愛らしい猫だった。
田舎2日目、前日に仕上げた絵の色塗りを始めようと絵の具を用意していると、突然猫が椅子から立ち上がり、そのまま外に行ってしまった。
絵の具の臭いが嫌だったのだろうか?と思いつつ、ポチポチと絵を塗り始める。
どれ位の時間が経っただろう、何か物凄い音が聞こえてきた。動物の鳴き声には違いないが、切迫したような叫び声、徐々に途切れ途切れになっていくその叫び声は徐々に縁側に向かってやってくる。
縁側の廊下にピョンと上がってきたのは猫。その口には力なくデロンとなっている生き物が1羽。
ポト。
足元に置かれたデロンとした鳥。
どうしろと!?
どうするべきなのか分からずにいると、鳥は好機とばかりに羽ばたいてヨロリと飛び上がった。しかし猫は逃がすまいと追いかけて行き、高くジャンプして鳥をキャッチ。
暴れる鳥から抜ける羽が部屋の中にも舞い、昼食だと俺を呼びに来た母が悲鳴を上げた。
その声を聞きつけた田舎のバァちゃんが部屋に入ってくるなりホウキで猫を追い払い、デロンと動かなくなった鳥をちりとりで救い上げてポイとした。
それを機に猫は家の中に入れてもらえなくなったのか、縁側にいて寝ているだけでもホウキを振り回して追い払われ始めた。
田舎最終日、親父と母が田舎のジィちゃんとバァちゃんに「お世話になりました」的な挨拶をしている頃、俺は時間ギリギリまで猫と一緒にいた。
撫ぜても良い?
ゆっくりと手を差し出し、手の甲で顎下を触り、そこから額を指先で摩り、最後に両手で頭をワッシャワシャと撫ぜた。
猫は大人しく触らせてくれ、最後にスリスリと擦り寄ってきてくれた。
「また来年な」
そう言って別れて大阪に戻ったのだが、1年後、両親は別居を始めてしまい、田舎に帰る事はそれ以降1度もなかった。
後に母から聞いた話によると、猫は徐々に野生に戻っていったらしい。




