捨てた猫
煮干とミルクを手に、俺は薄暗くなった公園のベンチに座っている。
ベンチの左隣には弟がいて、右隣には黒猫が1匹入ったダンボール箱。
班で劇をしなければならないという恐怖のお楽しみ会の題材探しとして図書館に集った帰り、公園の前を通りかかった時に小さな猫の鳴き声が聞こえてきた。
班の子等は猫の鳴き声を頼りに植え込み内を捜索し、そこで木に首が挟まっている黒猫を見付けた。それが、この黒猫だ。
まだ子猫だと言うのに周囲に親猫の姿はなく、必死に木から逃れようと手足を動かしている姿。班の子等は子猫を助けると散々可愛いと撫ぜくり回し、帰る時間が来ると黒猫を放置して帰っていった。
俺もそうすれば良かったのかも知れないが、その時はそうは思えずに連れて帰った。頼み込めば飼えるかも知れない、そんな甘い考えがあったのだろう。
子猫を連れて帰ると母は水を小皿に入れて持ってきてくれて、弟は可愛いと連呼しつつも無理に触ろうとはせずに体育座りしたまま子猫を眺めていた。
「飼っても良い?」
控えめに聞くと、母は少し困った顔をしながら、
「お父さんが良いって言うたらな」
と答えた。
しばらくして親父が帰ってきて、間髪入れずに聞いた「飼っても良い?」親父は「お母さんが良いって言うたらな」と、母と同じ事を言った。
これはいよいよ飼っても良いんだと確信し、名前は何が良いだろう?そんな会議を弟と繰り広げていると姉が帰ってきて、猫を見るなり言った。私は犬派だ、室内でペットを飼うなんて臭くて嫌だ。と。
不穏な空気が漂い始め、そんな空気を変えようと俺は母にもう一度聞いた。
「飼っても良い?」
返答に困っている両親、ただ姉だけはハッキリと反対と意見を言った。そして仕事から戻って来たのは祖母。
飼っても良い?そう聞くまでもなく、鬼のような形相で猫を見ている祖母を見て駄目なんだと直感した。
「元おった場所に戻して来い」
従う事しか出来ない決定事項を親父から告げられ、子猫を抱いて外に出ると、弟も出汁用の煮干を数匹持って出てきて、2人でしばらくウロウロと歩いた。
自分達で飼い主を探そう。そう意気込んでご近所を尋ねたりしてみたが、引き受けてくれる家はなく、代わりにダンボールとミルクを手渡された。
こうして暗くなった公園のベンチで煮干とミルクを手に持ったまま猫の入ったダンボールを見つめる時間を過ごす事になったのだ。
「お前らなにしてんねん!早ぅ帰って来い!」
怒鳴りながら公園にやって来たのが誰だったのかは思い出せないが、俺はその後確実に家に帰った。
子猫に1度手を差し伸べておきながら、結局は無責任にも捨てた。
もう動物にかかわる事は止めよう。そう心に決めた出来事だった。




