泥棒なのか
近所の商店街は、7月最後の土日と、8月最後の土日の4日間夜店をする。
夏休みの間にある4日間の夜店は、俺と弟にとっては楽しみにしている行事の1つだった。
7月最後の土曜日、母は1年間コツコツと貯めた50円玉貯金の貯金箱を開けて、俺と弟に平等に分けてお小遣いとして持たせてくれた。
多い時は1人3千円とかあったと思う。
くじ引きや金魚すくい、サイコロ投げと、食品以外は全て100円で遊べたので、1人30回は遊べる。ただし、7月の土日、8月の土日の4日間で3千円だから、実はそれほど遊べない。
初日に夜店代としてドンと手渡し、後は子供に使い方を任せるスタイルは、物凄く良い教育だったんじゃないだろうか?と今になって思う。
4年生の7月に、それは起きた。
夜店の日、夕食後になって母は50円玉貯金をしている貯金箱を開け、フリフリと中に入っている50円玉を取り出したのだが、それがかなり少なかったのだ。
1人千円ほどしかない。
母は不思議そうに首を傾げるが、スグに結論に達したようで、
「誰が取ったんや!?」
と。
誰が取った?と言う割に、真っ先に俺を疑った母。
いきなりとんでもない疑いをかけられてしまった事が、どういう訳が面白く感じてしまった俺は、笑いを堪えながら身の潔白を訴えた。
「なんで?」
母は自分なりに俺を疑うに至った経緯を口にする。
「サチは真面目やし、ケンはまだ小さいんやから、こんな事する訳ないやろ」
どうやら俺は泥棒をするような人間だと思われていたらしいが、残念な事に真犯人は別にいる。
母が「こんな事はしない」と信じている姉か、弟か、それとも親父か、祖母か……それなのに犯人じゃない俺を怒ってどうするんだろう?
だけど、ニヤニヤしている人物が「やっていない」といくら言った所で信じてもらえる訳がない。
「じゃあ何で笑ってんの!?」
笑っているだけで、どうして犯人にされなければならない?
「取ってない」
「嘘付け!」
泥棒扱いの次は、嘘吐き呼ばわりか。
隣では、弟が自分の分の千円を財布に入れている。それを見た母は、俺の50円玉を雑に掴むと、そのまま弟の財布の中へ。そして黙ったまま背を向けた。
完全に犯人にされてしまった。それだけではなく、犯人だった時の対処までされてしまった。
違うのに、全く信じてもらえないのか。笑っていただけで?
フーン。
笑っているってだけで、話もまともに聞いてもらえないのか。
へぇー。
300円ほどしか残らなかった自分の50円玉をポケットに入れ、俺は弟を連れて夜店に向かった。
途中で弟の友達とも会い、その後ろをついていく。
「金魚すくいしようや」
そのうちの1人が弟に声をかけると、弟は一旦財布を開けたがスグに閉じ、
「今日はあんまりお金ないから、止めとく」
と、誘いを断った。するとそれを不思議に思った弟の友達は、
「お母さんに言うてお金もらったら?」
と、普通ならば当たり前である事を言った。
「もらったお金がこれだけやねん」
「え?もっちゃ少なくない?」
「取られたから、少ないねん」
「誰に?」
クルッと俺を見上げる弟。そしてスグに俺を見てくる弟の友達数名。
あれだけ違うと言ったのに、弟すら全く信じなかったらしい。
「返したれや!」
弟の友達は実に弟思いで、全員で俺を泥棒と呼び、全員で返せコールをしてくる。その騒ぎに何事か?と何人かの大人がやって来る。
口々にされている説明は事実とは違い、俺が弟の金を取ったと言う内容。それを聞いた大人達は激しい目で俺を叱り付ける。
最後に1回だけ。
「違う。取ってない」
真剣に訴えるが、誰も信じてくれない。
そっか、1回勘違いされたら、もうなにを言っても無駄なのか。
「門限守れよ」
俺はポケットに入っていたお金を全て取り出して弟に手渡し、夜店会場から遠く離れた公園に向かった。
歩いている途中で急に襲い掛かってきた悔しさに唇を噛みしめる。
母に疑いをかけられた直後に泣く事が出来ていれば、俺は泥棒にはならなかったのだろうか?
だけど、可笑しかったんだからしょうがない。
誰にも信じてもらえなくたって、俺は俺が犯人じゃない事を知っている。だったら、それで良いじゃないか。
もらえる筈のお小遣いがなくなっただけ、それも千円ほどだ。
焼きソバ食べて、ジュースを飲んで、6回くじ引きして、全部ハズレだった。と言う事にしてしまおう。
「あ~、楽しかった」




