カエル
母の田舎はかなり山奥にあり、ジィちゃんは周囲にある山の持ち主でもあった。
少し山を登った所には大きな沼があり、そこでジィちゃんは鯉を飼っていた。
口笛を吹くと沼の底から大量の鯉が水面近くに浮上してきて、餌を投げ入れるとバシャンと飛び上がって食べていた。
口笛の吹けなかった俺は「だったら指笛だ!」と、かなり練習した事を覚えている。
そんな沼に行く道中は当然ジメジメとした山道を歩かなければならないのだが、そこには大量の蛙がいた。
いちいち近くに行ってからピョンと跳ねるので、1歩1歩慎重に歩かなければならない。
「そこにカエルおるで」
沼に向かっている途中、母にそう足元を指差された。
見てみると今にもジャンプしてきそうなアマガエルが1匹。
蛙が苦手な俺にとってはそれだけでも逃げ帰りたい程の光景だったのだが、1歩下がってドンドンと足を踏み鳴らすとアマガエルは横にある水田に向かってピョンピョンと跳ねて移動した。
よし、脅威は去った。
ホッと胸をなでおろした次の瞬間、完全に石だと思っていた茶色の物体がのそりと動いたのだ。
恐ろしく大きな体から伸びる長い足、そして低く唸るような鳴き声にこれ以上沼に向かって進む事が出来なくなり、家に向かって歩き出した。
「お~い、何してんのやぁ~」
下からこっちに向かってくるのはニコニコと笑顔の親父で、俺の前に手を出してきた。
明らかに何かを隠し持っている手の形に警戒しつつ覗き込むと、パッと手が開いた。
そこには2センチ程のアマガエルが鎮座していて、チョコチョコと動いたかと思った次の瞬間、真正面で見る事になっていた俺を目掛けてジャンプしてきた。
俺は、この時ほど大声で叫んだ事はない。




