二章中 タイトルが長くなるので略
風の音が響き渡る中、尋箭と敵軍は睨み合っていた。彼を囲んでいた数十人の兵士が足元に倒れている。尋箭は一呼吸おいて、兵士にめがけて飛びかかった。疲労した兵士たちは呆気無く吹っ飛んでいった。こうしてグラウンドの兵士はいなくなった。健太はと言うと、見事な剣のおかげで、傷一つなく勝利していた。もうじき明ける朝の空。群青の校舎が彼らを見下ろしていた。
「終わったようだな。」
ため息をついて、健太が尋箭の元にやって来る。
「いや、またそのうち来るぞ。」
モップを担ぎながら尋箭は兵団の作戦会議の内容を伝えた。二人は兵士の一人を見て頭を抱え、思考を巡らす。そのうちに尋箭がぽつりと零した。
「こいつら、本当に敵なのか?」
「何言ってるんだよ? 攻撃してきたんだから、敵に決まってるだろ。」
健太は呆れたように言い返す
「見たこともない装備、意味の分からない言葉、ゲームで言ったら未知なる帝国からの攻撃、みたいな感じかな?」
「まあ、考えてても仕方ねぇか。」
尋箭は振り返って、体育館に向け歩き出そうとして立ち止まった。彼は健太が学校に来たわけを訊いた。健太は剣のことを話し、夜月のことも話した。
夜月のことと言うのは、三年前の事件のことである。
小学四年生だった。
夜月と健太は同じクラスで、その時は音楽の授業を受けていた。
夜月がリコーダーで演奏する順番になると、クラス中から笑い声が聞こえてくる。
夜月は当時いじめられていた。
理由は特にあるわけではないが、無口で無愛想だから標的になった。
夜月は学校でのことを両親に話したことが無い。
時同じくして両親は不仲であった。
夜月はどっちつかずの感情の中、呆然と毎日を過ごした。
その結果、ついに気が狂って、窓から飛び出そうとした。急に泣き叫んで、椅子を蹴っ飛ばして、窓を飛び越えようとした。
しかし、その夜月の手を、健太が引っ張り、命を失わずに済んだ。
それから健太は夜月の事情を知って、仲良くするようになったのだが、今でも他人には心を開かない。
そもそもが気分屋で、感情に流されやすいところがある夜月は、もしかしたら、何かきっかけが起これば、また……
と健太は話した。
そこで二人は、夜月を捜すことにした。
その彼が、今すでに屋上にいる。彼の眼下には灰色のコンクリートの道が見える。茶色いグラウンドに、南側には荒野が映る。彼の隣には、いつもと違って妖精がいる。夜月は柵に寄りかかった。太陽はまだ昇ってはいなかったが、雲は黒くきらびやかに美しくなってきていた。
そんな空を見つめながら、夜月は妖精に質問した。
「妖精の悩みって何?」
妖精は柵の上に座った。
「君は寂しいって思ったことある?」
朝の穏やかな風が吹く。通り過ぎるのを待って、夜月がうなずいた。
「ある。」
「えーっと、その……。」
「?」
妖精の態度に、夜月は首をかしげる。
「どうしたの?」と夜月が訊くと
「一人称なに使えばいい?」と妖精に訊かれ
「ウチ」と夜月が答えた。
「ウチか……。関西弁やんな? いけるかな……?」
不安げな妖精に夜月は「たぶん大丈夫」とうなずいた。妖精は相槌を打ち、話し始めた。
「ウチも、寂しい。なかま居らんねんもん。」
「どうして?」
また風が吹く、通るのを待って、話は続く。
「ウチはもともと『フェアリーフロンディア』ってとこに住んでてん。平和で、友達いっぱい居って、みんなで遊んで、まあ勉強せえへんくて怒られたけど、それ以外は楽しかってんで。せやけど……。」
冷たい風が吹いた。止むのを待って話が続く、
しかし止まなかったのだろう。
妖精は小さな声で繰り返した
「せやけど……。」
次に夜月が振り向くと、彼女は泣いていた。
静かに風にあおられて、涙の流れた筋が頬に鈍く輝く。
寒気のする風、夜月も鳥肌が立った。
彼女は身動ぎ一つせず、開けた目から涙を零し続けた。
小さな体に、羽が生えている、見たこともない奇怪な生物。
ただし、彼女の髪は一方になびく。
それは夜月と変わらない世界に居るという証拠だった。
夜月は妖精の頭に手をかざし、優しくその上に乗せて、誰かがするように、その小さな頭を撫でた。
頭を撫でられて、
初対面なのにこんな話をして、
秋の朝の身震いするような寒風に吹き付けられて、
自分とは違って物静かな少年に頭を撫でられて、
ゆっくり時が流れ、
しばらくすると、妖精は嗚咽を吐いて泣き崩れた。
「泣いたって何も変わらない。」
いつか誰かに言われた。その言葉を夜月は口ずさんだ。
妖精は泣きながら涙を拭いて、立ち上がった。
「あほ……そんなん言わんといてや……ウチ一人やってんで? ずっとずっと、あいつらに捕まる前から。一人で、ずっと……。」
泣いたって何も変わらない!
妖精の潤んだ声を遮り、夜月の声は響いた。
少しでも変えたいと思うなら、助けを求めろよ
夜月の声に、妖精は口を開けたまま黙った。
「……。」
妖精はうつむいて、小刻みに震えだした。夜月はいつものように黙り込んだ。その視線はいつものように漠然としたものではなくなっていた、妖精をじっと見つめる。
やがてグラウンドの果てから光があふれてくる。見事に朱く染まったその太陽が絵画のように昇りはじめると、朝の息吹が彼らのもとへ贈られた。
また風が吹く。今度こそ止む。
妖精は涙を拭って上り始めた太陽に叫んだ。
「何処のどなたかは存じませんが、私に力を貸してください! バカでアホな妖精を、救って下さい!!」
「喜んで」
夜月がそう言うと、妖精は彼の方へ振り向いて笑いかけた。笑っていてもまだ、涙を流した跡はきれいに拭き取れてはいなかった。