8章 成行きの行先
「そうか。作戦命令を無視したか。」
非情な男が一人、巨大な空中戦艦の管制室にいた。
その男は命令を破った兵士の首を掻き切った。が、所詮ホログラムなのですぐに消える。
「あのバカめ!!」
男は怒りを顕にして床を踏みつける。
「この俺をここまでコケにするのか!?」
「あんな人と付き合いたくないわね。ふふふ。」
管制室の扉の前には青いドレスに身を包んだ女性がいた。扉越しに聞こえてくる男の罵声をあざ笑うように、彼女は廊下を歩いて行った。
「『炎の儀式』は、あと何日で行える!?」
男がAIに訊ねる。
「明日には、行えます。」
それを訊いて男は喜ぶ。
「そうか、それは良かった。」
こうして、『炎の儀式』は一日早く行われることになった。
「と、いう訳で、明日、連れていかれます。」
「ふざけないで下さい!」
聖火が暴れる。ここは聖火の連れてこられた部屋。綺麗だった。
「こらこら、暴れたら監視員が来て……。」
「こんばんはー。」
監視員が来た。カミヤはすぐに姿をくらます。
「大丈夫? お腹とか空いてない?」
監視員が訊く。聖火は
「大丈夫です。いつもありがとうございます。」
と、愛想良く返す。
「そうかい。じゃあ、また明日ね。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
監視員は笑顔で扉を閉めた。すごい良い人だが、彼もホログラムなのだ。
「愛想良いですね。ここの人たち。」
「ああ、そうプログラミングされてるからね。リュウに。」
カミヤは床に寝ころんだ。聖火はそんな彼に訊く。
「その、前々から思ってたんですけど、リュウさんってどんな方なんですか?」
カミヤは寝ころんだまま天井を見上げる。
「きれいな人だよー、すごく。でも、怒らせると怖いかな?」
きれいな人と聞いて、聖火はテンションが上がる。
「やっぱり、リュウさんとはそういう関係なんですか?」
聖火の問いにカミヤは笑い出した。
「違う違う、そんなんじゃないよ。ただの仕事仲間さ。」
そう答えると聖火は残念そうにした。カミヤは彼女をフォローするように続けた。
「でも、ずーっと仕事してる仲だから、単なる仕事仲間でもないのかな。線引きが難しいけど、それ以上では、あるかな。」
聖火は少し元気が出た。
「まぁ、後は……。」
聖火からもっと聞かせてと言って視線が痛いので、カミヤは続ける。
「そうだな。パソコンとか、飛行機の操縦とか、色んなことが出来る人で、さっき言ったプログラミングもそうだし、今度迎えに来る飛行機もリュウが作ったものだし、何でもできるんだ。それも、両親がいないから、なのかな。」
最後の言葉に、聖火は言葉を失くす。ぽかんとしている。カミヤは天井を見上げたままだ。
「リュウも、誰かに話しても良いって言ってたし、大丈夫だよ。」
いったんあくびしてから始める。
「リュウは昔、この世界とは別のところに住んでいたんだ。あ、そもそもこの世界ってのは、何かの狭間にあるようなところなんだ。ジェドージァプトの言葉を借りると、すなわちこの世界は『アルレイ』。彼女が住んでいたのは『アルレイ』とは別の場所。そこには名前もついていない。でも、『アルレイ』とは別の場所なんだ。」
「彼女はそこから、幼い時にやって来た。2歳ぐらいの時だったっけ。彼女の両親は、彼女を知り合いの店長に預けて、姿を消したんだってさ。それから、彼女はその店長の店を手伝ったり、自分でパソコンとかいろんなものを造ったりしてたんだ。だから、彼女が機械類に強いんだ。」
聖火はうつむいていた。聞いてはいけないことを聞いた気がしたからだ。しかし、カミヤは話す。
「さっきの話は、あくまでも彼女が知ってる話。これから話すのは、彼女でも知らない話。」
聖火は意味が分からなくなった。彼女でも知らない話をどうして彼が知っているのか。
「彼女の両親は彼女を見捨てたわけじゃない。彼女の両親はある目的を果たすために彼女を安全な場所に置いていったんだ。その目的は『魔界への遠征』。君には分からないかもしれないけどね。
彼女の元いた世界には、魔界と世界と天界があったんだ。その中でも、魔界はみんなから嫌われていたんだ。魔界からは大勢の魔物がやって来て、世界の人々を困らせていたからね。特に、人を殺すような悪魔とか、とてつもない邪悪な心を持った魔王とか。そして彼らは大罪を犯す。分けられていた界を消滅させた。世界はあっという間に魔界軍によって侵略された。それを助けたのが天界だった。天界の軍勢は世界軍と結託して魔界軍を追い払った。こうして、魔界は世界と天界から嫌われるようになった。
特に被害が大きかった世界では、多くの人が亡くなった。それ故、魔界に恨みを持つものも少なくない。ただ、それはずっと昔の話。今では世界軍、もしくは一つの国が総力を挙げれば、魔界と互角に渡り合うことも可能になった。『勇者』ってやつが、一人で世界を変えてしまうほどの力を持つようになったからさ。
しかし、魔界ってのは本当に生命力が強くて、魔王を倒しても意味がない。じゃあどうするか、魔の者を片っ端から殺せばいいじゃん、ってなった。
それが『魔界遠征軍』。確か魔界が再び世界侵攻を始めた時に結成されたんだ。リュウの両親はそれに参加した。魔界遠征軍は劣勢にも関わらず戦果を挙げて、魔界に乗っ取られた世界の国々を解放していった。でも、その連戦連勝だった魔界遠征軍も、魔界の地に入ってからは負け続けた。大勢いた軍は壊滅状態になり、犠牲者、行方不明者は数えることすら出来ない。リュウの両親も、そこで亡くなったのかもしれない。」
聖火は相変わらずぽかんとしていた。
「ごめん。話しすぎちゃった。」
カミヤは謝ると急いで隠れ場所に戻った。
「明日は大変になるからね。早く寝ようね。」
そう言って、部屋の明かりを消した。
「魔界……?」
聖火は混乱したまま、その場に取り残されていた。




