3章 雨の刺す道
時は戻り、まだ雨の上がっていない頃。学校の中には夜月と健太、優燈が下足室にいた。
「上がりそうで上がらない。」
雨が止むのを待って、かれこれ30分になる。さすがの健太も、優燈の相手になるのは疲れる。健太は思わずため息を吐いた。
「あー。ため息ついてるー!」
相変わらず優燈が突っかかる。
「私の相手嫌なの~?」
「別に嫌じゃないけど……。」
内心めんどくさいと思っているが、健太は表に出ないようにしていた。
「相合傘するー?」
「いや、待っとく。」
「じゃあ、あそんでこよ!」
優燈は傘を広げて、雨中のグラウンドに飛び出していった。無邪気に笑っている。
「楽しそうだな。」
健太がそう言うと、夜月もうなずいた。
「あいつ、転校生だったよな。」
夜月は首を捻った。
「ああでも、夜月はあいつと違うクラスだったな。去年。」
夜月はうなずいた。
「あいつさあ、ずっといじめられてたらしい。俺も詳しくはしらないけど、いじめられたから転校して来たって噂もあるぐらいだし。それに、変な奴だし。」
「なんか言った~?」
外から優燈の声が聞こえてくる。健太はなんもいってない、と返して、話を続ける。
「でさ、なんか、よくわからんのだよ、あいつのこと。」
健太の態度を見て、夜月はふと言う。
「好きなの?」
「いや、そんなんじゃない。」
健太は平然としていた。
「ただ、複雑な気持ちになるんだよな。今は笑っているけど、次はどうなるか分からない。今にも壊れてしまいそうで、けど、そんなことは無くて……。」
健太は外にいる優燈を見つめている。子どものようにはしゃいでいる。
「なんかわかんないけど、気を付けていた方が良いのかもな。優燈が明日も笑ってられるように。」
外が暗くなる。雷鳴がして、さすがに危ないので優燈を引っ張って下足室に入れた。
「もっと遊びたかったのにーー!!」
すねる優燈に健太はため息をついた。
「ふーんだ!!」
二人はしばらく見向きもしなかった。
「優燈って、龍人の幼馴染?」
夜月が口を開いた。優燈は面白がった。
「や、夜月君が喋った!!」
「喋るよ。」
「初めて声聞いたかも!」
二人の会話に健太も加わる。
「それはないだろ!」
「健太は黙ってて!!」
「なんで呼び捨て!?」
睨み合う二人に夜月は遠い目をして、
「で、幼馴染なの?」
と聞き返した。すると優燈が健太を突き放して、笑顔で答える。
「そうだよ! 二人は運命の赤い糸で結ばれてるの~!」
「きも。」
「?」
再び睨み合う二人に、夜月はいつものつかみどころのない感じで訊ねる。
「なんで違う学校にいたの?」
二人は同時に夜月の方を振り向いた。優燈は一瞬目を伏せたが、すぐに笑った。
「私は私立の学校に通ってたんだ。で、龍人のいる学校に来たの。」
「そうだったのか。」
「うん。そうだったの。」
「それだけ、ありがとう。」
夜月はそう言って、また、黙った。優燈は少し黙っていた。
「あの、聞いてもいいかなー?」
彼女が問いかけたのは、雨の音が消えないうちにだった。
「夜月君は、なんでそんなに静かなのー?」
「何となく。」
夜月は呆気無く答えた。
「何となく、ねえ。」
「うん。何となく。」
それから、また夜月は静かになった。
優燈と健太が言い合いをしている。夜月は雨が上がりそうか確認しに行った。雷鳴と共に、閃光が走る。夜月は下足室に戻って掃除用具入れのロッカーを開けた。
「何やってんだ夜月?」
健太の問いかけに答える間もなく、夜月は雨の中飛び出していった。その手に『ほうき』を持って。
「おい、雨降ってるんだろ!?」
優燈は真剣な表情で言う。
「何かあったのかな? 見に行こう!!」
二人が夜月の後を追う。すると、黒雲と共に浮かび上がったのは、白刃の剣を手にする、謎の兵団だった。彼らは徐々に学校を包囲していた。
「なになにあれ!?」
焦る優燈に対して、健太は
「下足室に戻れ。」
と言った。いつもとは違う健太だった。優燈は渋ったが、健太に押されて、戻っていった。
健太はかばんから剣を取り出した。半年前から、欠かさず持ってきていたのだ。彼はその見事な剣を構えて、敵に切り込んでいった。夜月はほうきを振り回して、敵を吹き飛ばしていく。数分も経たないうちに、敵はきれいさっぱりいなくなった。しかし、それらは地面に伏したのではない。戦いの終わったグラウンドに、二人は佇んでいる。
「どうなっているんだ。」
「さあ。」
倒したはずの敵が、消えてなくなったのだ。グラウンドには夜月と健太の二人しかいない。彼らは雨に降られて、呆然としていた。
「おい! 健太! 夜月!」
そこに尋箭が駆け付けた。
「二人とも大丈夫か?」
龍人も合流した。こちらの二人もずぶ濡れだ。
「とりあえず校舎に行くか。」
尋箭が先導して、下足室に向かった。
中学校、下足室。
「あ。」「え、」「お。」
三人はリズムよく口を開けた。
「鍵がかかっている。」
下足室の鍵がかかっていた。尋箭は力一杯ドアノブを引っ張る。
「開け! この野郎!!」
「そんなんで開くかよ!」
龍人がツッコんだ。尋箭がムキになってドアを蹴る。
「ピッキングでもしろよ!!」
「そんなことできるかよ!」
「やってみなけりゃわかんねえだろ!」
白熱しそうなので、健太が入る。
「まあまあ、二人とも静粛に……。」
「できるか!」
健太が二人に殴られた。
「く、いてえ! 何で殴るんだ……。」
ガチャ。
「……。」
「開いてるよ?」
中から優燈が出てきた。
「開いてるなら開いてるって言えよバカ!!」
「バカって言う人には教えませ~ん!」
優燈が馬鹿にするように言う。尋箭はブチ切れて
「黙れ!! バカ!!」
すると優燈もブチ切れて
「バカバカうるさいな!! バカ!! バカ!! だから彼女出来ないんだバカ!!」
と、二人が言い争う、
「二人とも、落ち着いて。」
健太がなだめようとすると、二人は同時に
「お前は黙ってろ!!」
と、健太を叩く。健太は「なんで、俺だけ……。」と、落ち込む。
「お前は頑張ってんだ、あの馬鹿どものことは気にするな。」
龍人が健太のフォローをする。健太は元気が出た。
こんな5人がうるさくしているから、保健室から先生が出てきた。
「皆さん、保健室の前は静かに通って下さいな。」
「あ、保健野先生。こんばんは。」
健太が挨拶した。保健野先生も挨拶する。
「こんばんは、ご機嫌いかが?」
尋箭たちも続いて挨拶する。
「保健野先生、こんばんはー。」
「こんばんは。けがはない?」
保健野先生がくすくす笑った。尋箭は頭を掻く。
「今日は喧嘩してねぇよ。」
「なら良かった。喧嘩はしないでね。」
「はい、はい。」
「今日もきれいなメイクですね~!」
優燈は空気を読まない。保健野先生も知っている。
「ありがとう。でも優燈ちゃんはまだしないでね?」
「どうしよっかな~。」
優燈は特別にうれしそうにしていた。男子と喧嘩したあとだからだろうか。とにかく、こうして、一通りあいさつの終わったところで、保健野先生、一言。
「私の本名 『健野 保子』 だからね?」
「保健野先生じゃん!」
尋箭が笑い飛ばした。保健野先生は笑顔で、
「本当ね。これって運命なのかしら?」
と答えた。人柄としては、のほほんとしているらしい。
「あら? みんな雨に打たれたの?」
保健野先生に訊ねられた。
「はい、でも大丈夫です。」
健太が答えると、保健野先生は保健室の扉を開けた。
保健野先生に心配をかけると、どうあがいても保健室に入ることとなる。これがこの学校の運命なのだ。
夜月たち五人は保健野先生にさっきの出来事を話して言った。信じてもらえないだろうと思っていたが、意外にもすんなりと受け止められた。保健野先生は相槌を入れて真剣に耳を傾けていた。
一通り終わると、保健野先生は心配そうに「みんな大丈夫だったの?」と訊いた。五人はそれぞれうなずいた。保健野先生は安堵した。
「なら良かった。」
そう言ってから、すぐに首を傾げる。
「ケガが無いのは良かったけど、そんな人たちがいると危ないわね。」
「でも、気が付いたら消えてるしな。」
龍人が言った。健太と尋箭もうなずいた。
「そうだな、あいつら一体何なんだろう。」
健太が頭を抱えた。それを見た尋箭は思い出した。
「そういや、あいつらにつけられた傷も消えたな。」
「えっ!! ケガしたの!?」
尋箭の言葉を聞いた保健野先生の目の色が変わった。
「ケガしたんならケガしたって言いなさいよ!!!」
一同騒然とするが、尋箭は慣れているようで、自分のケガしてたところを指差した。保健野先生は注意深く観察して、何もないと分かると胸を撫で下ろした。
「良かった。もう治ったの?」
「だから消えたって言ったじゃねぇか。ちょっと痛いけど」
尋箭がボソッと言うと、保健野先生は傷ついた辺りを指でくるくるして
「いたいの、いたいの、飛んでいけ~。」
と、唱えた。尋箭は呆れて
「そんなんで治るわけねぇだろ。」
と言ったが、保健野先生が呪文を唱え終わると、本当に痛みが飛んでいった。驚いている尋箭に保健野先生は微笑みかけた。
「治ったでしょ?」
尋箭は黙ってうなずいた。
「痛みって、気持ちの問題なのよ。」
その時の保健野先生はひどく上機嫌だった。
さて、ちょっと驚いたことになっているが、ベンチの反応はどうでしょうか。
まずは夜月だが、寝ている。
続いて健太は呆然としている。
龍人はぽかんとしている。
優燈は食い入るように見ている。ほっぺたを赤くして軽い興奮状態らしい。優燈はテーブルの上にあったカッターナイフを手に取り、不気味に笑みを浮かべる。
「ねぇ龍人、ちょっとほっぺた切っ……。」
「バカ!」
龍人が優燈の頭をはたいた。
「危ないだろ。刃を直してちゃんと元に戻せよ。」
優燈は言われるとおりにした。そこに健太が油を注ぐ。
「危ない奴だなあ。」
こうして健太と優燈の口喧嘩が始まった。
「静かにしろって!」
「最初に変なこと言ってきたのそっちでしょ!?」
「おいおい落ち着けって。」
「あ、あのう、お取込み中よろしいでしょうか……?」
「何やってんだか。」
五人が思い思いに喋る。カオスになった保健室の中、保健野先生が笑みに怒りを浮かべながら、浮かべながら?
「黙れっ!!!」
一同きょとんとした。保健野先生も叫んでからきょとんとした。保健室の入り口に教頭先生が立っていたからだ。教頭先生はきょとんとしていた。
「あの、すいません。」
保健野先生が頭を下げた。教頭先生も頭を下げた。
「あ、こんなことをしている場合では無い!」
教頭先生は我を取り戻して、保健室に来た理由を話していった。教頭先生によると、さっき聖火の母親から電話があって、聖火が学校で忘れ物をしたから届けてほしいとのことだった。そこで教室に取りに行こうとしたところで保健室が異様に騒がしいことに気付き、これはけしからんと思って乗り込んでみると喧嘩していて、保健野先生にどなられて静かになったそうだ。
「そういえば杖届けるの忘れてたな。行くか。」
こうして学校の保健室での騒ぎは収まった。が、重大な事件はここから始まる。夜月と健太が聖火の家に行くと、聖火が消えていたのだった。二人はとりあえず、回復の杖を聖火の部屋に置きに行った。
「で、なんで居ないんだよ。」
「さあ。」
二人に心当たりはなかった。
「こんな時間から出掛けに行かないよな。聖火のことだし。」
健太が頭を働かせいていると、夜月は窓のレースが揺れていることに気を留めた。レースの隙間から微かに入る街灯の光。何の変哲もないが、その先を夜月は見ることができた。
「あれ……。」
夜月が指差すが、健太には見えない。
「え、なにもないぞ?」
「じゃあ、行ってくる。」
夜月の発言に健太も動揺している。
「行くってどこへ? 夜月、何考えてるんだ? って!」
ヒューン
浮遊。
「え、あんなのありかよ!?」
夜月は空を飛んでいった。
彼が見たものは雲の上を飛ぶ巨大な戦艦と、誰かとそこに向かう途中の聖火だった。聖火は錯乱状態に陥っていて、もうわけがわかっていない。聖火の隣には黒い外套を纏った者がいた。夜月は追いつこうと必死に飛んだ。どうして飛んでいるのか原理はよくわからないが、急いで飛んだ。追いかけるうちに夜月は戦艦の上に到着した。甲板の上に聖火が寝かされている。夜月は聖火に駆け寄った。どうやら寝ているだけらしい。聖火を抱きかかえて戦艦を後にしようとしたとき、背後から声がした。
「そいつを連れて帰るの?」
たった一言で、夜月に緊張が走った。その声には聞き覚えがあった。
「でも、返してもらう。」
夜月は振り返ることすらできなかった。聖火を抱えていた重みがなくなったと同時に、背中に激痛が走る。瞬きもできない。一瞬の間に、夜月は戦艦の上からはるか遠くに飛ばされていた。だが、黒い影が彼の眼前に現れる。もはや痛みすらない。感覚神経の速度よりも早く、その一撃が全身にまわった。夜月は何もできないまま、地面に叩き落された。
「死んだ。」
聞き覚えのある声。誰のか一番よく分かっている。
!!!
夜月は無言で叫んだ。悔しさの念が溢れたときに。
目が覚めると、夜月は保健室の中にいた。保健野先生が安堵の表情を浮かべる。夜月はベッドで半身起こして、無言のまま保健野先生を目を向けた。保健野先生は優しく微笑みかけた。
「意識が戻って良かった。無事ではなさそうだし、何があったのかはわからないけど。」
保健野先生は夜月に、夜月がどうして保健室にいるのかを話していった。
夜月は戦艦から落とされた後、学校の正門前で仰向けで宙に浮いていた。そこに見知らぬ女性が偶々通りかかって発見された。その女性は、まだ学校にいた保健野先生に呼びかけて、夜月を保健室に運んだ。夜月が今ここにいるのはその女性のおかげであった。
「コーヒーでも飲む?」
話が終わると、保健野先生はコーヒーを注ぎに行った。
保健室には、もう朝の白い陽光が差し込んで、昨日の出来事がただの悪夢のようだった。




