2章 Holly fire
「は!」
聖火は跳ね起きて、辺りを見回した。そこは聖火の部屋だった。
「そうだよね……、私が夜月くんに告白できるなんてありえないよね……。」
聖火はほっと一息、けれど残念な気もして、ため息を一つ、静かにつく。
外には輝き続ける星々が雲に隠れることはなく、街が眠りだしていて、その数はいつも以上に見える。時計は一定刻みに音を鳴らし、永遠のような、気がすーっと、どこまでも遠くなるようであった。だが、聖火はそのことに気をかけず、外を見続けていた。開いた窓から微かに風が入る。それがレースを揺らし、外からの街灯の光も同じように揺れる。
そこにノックの音がする
「だれだろ……、こんな時間に……。」
聖火は階段を下りて、玄関のドアを開けた。
「え、夜月くん!?」
そこにはなんと夜月がいた。
「『くん』付け?」
夜月は欠伸をしながら、首を傾げた。
「あ……。」
聖火は顔を真っ赤にして焦る。
「い、あ、あの、すいません夜月く……じゃなくて、夜月さん。」
「『くん』付けでもいいよ。」
夜月は目をこすっていた。
「なんだったらタメ口でも……。」
「だ、だめです! た、タメ口だなんて、そんな……。」
「どっちでもいいけど。」
夜月はどこかぼーっとしてた。
「あ!」
聖火が閃いたように訊いた。
「どうして家にきたの?」
「誘いに来た。」
夜月は答える。
「お祝いだって。」
「?」
聖火が疑問に思っていると、夜月は手を差し出した。
「行こう。みんなが待っている。」
「え……?」
さすがの聖火も何かに引っかかるような気がした。彼女は何となく、そう思った。
「きっとこれは夢なんだ。」
「何か言った?」
「違う、ひとりごと。」
彼女は笑顔をつくると、準備をしてくると言って、部屋に戻った。
「たぶん、これは夢なんだ。」
そう思って、彼女は、思い切って純白のウェディングドレスを着て、荷物も持たずに飛び出していった。
「お待たせ!」
聖火は満面に笑みを浮かべていた。思い切ったのはいいが、やっぱり恥ずかしくなって、赤面しながら首を傾げた。
「どうかな、似合ってるかな。」
「似合ってる。」
夜月は一言添えて、手を差し出した。
「早く。」
「え、うん。」
聖火は夜月の反応に戸惑った。けれど、すぐにこれは夢だからと思い直して、夜月の手を握った。
雨は上がっていた。遥か彼方に浮かんだ星、何億年も昔の光が届いている。二人は染み入るようにその隙間を抜けていった。聖火は空を飛んでいる。眼前には闇、空には斑点、眼下には雲海が広がっていた。
「夢だから。」
聖火は小さく呟いた。しかし、夢ではなかった。突然、空は全くの暗黒に変わった。
「なにこれ。」
かと思えば、全くの白に塗り替わった。聖火は黒と白、交互に塗り分けられた箱の中を延々と抜け続けていた。正面は見えない。モノクロの壁、天井、床を、何の抵抗もなしに飛んでいく。彼女の目には、二色が交わる事のないまま永遠と流れていくように見える。白と黒の境界線は決して崩れないが、灰色に近づいていく。夜の冷たい風も吹いてこない。彼女の髪をなびかせるのはこの空間を抜けるために流れている時間なのだ。彼女には見えていて、そして、何も見えていない。
「大丈夫?」
手を差し伸べた先には、病弱そうな少年がいた。そこから這い上がる事すらできないで。彼女も体が強いわけではない。けれど、どうにかして引っ張り上げた。少年はしっかりと少女の手に掴まっていた。そして今がある。世界は一向に前に進まないが。
四月の始め、桜が雨の重さに散っていく。その姿は斜めに射す街灯が照らしていた。花弁はさらに沈んでいって、光の届かない場所に行った。もう舞うこともなく、そこにあった。




