終章 BRAVE,
高い金属音と爆風の連続、力と力、速さと速さのぶつかり合いという壮絶な戦いが学校のグラウンドで始まっていた。ジョルトネルガーは見事な剣、夜月はただのほうき、妖精は論外「何ィ!?」
妖精と夜月は武器の差(ウチは論外やしな…)と、実力の差を軽く埋めるほどの見事な連携攻撃をしていく。が、優勢かと思えば、油断もしていないのに背後をとられ、夜月と妖精はそれぞれ別の方向に吹き飛ばされた。
「どうした、やはりこの程度か。」
「く、やっぱり強い……。けど、まだまだこれからや!」
挫けない妖精と同じく、夜月も立ち上がる。二人は再びジョルトネルガーに向かっていく。
「しかしあれだな、聖火って意外に重たいんだな。」
四天王を撃破したジャドージャプトの尋箭たちは、閑散とした街中を歩いていた。しかし、激戦で疲れ果てた聖火は動くこともできず、尋箭におんぶされている。健太は何とか自力で歩いている。
「まったく、人は見かけによらねぇ、ってこのことだな。」
「あ、あの……。」
健太は異変に気付いた。が、尋箭は気にしない。
「聖火って痩せてるように見えてるけど、部分太りか?」
「お、俺は知らないぞ……。」
そして、ついに火山が噴火した。
「なんてこと言うんですか!? 最低です!!」
パシンッ!
「いてっ! なにしやが」「んだ! って、こっちのセリフですよ! 尋箭さんにはデリカシーのデの文字もないんですか!?」「知るかそんなもん!」「おいおい二人とも……。」「うるさいっ!! てめえは引っ込んでろ!!」「なんで俺だけ……?」
かくして、健太がおんぶ担当になった。
「というか、なんで俺なんだよ。」
「だって、ひどいこと言うんですよ?」
「ひどいことだろうが何だろうが、事実は事実だ!」「いくら事実でも、人に伝えるのにわざわざあんな言葉使わなければ良いじゃないですか!?」「わざわざ使ったんじゃねえ! あれしか思いつかなかったんだよ!!」「もっと勉強」「しろって言われる筋合いわねぇ!!」「だから、やめなって……。」
健太が仲裁すると、なぜかうまくいった。二人は黙り込んで、静かになった。
『とにかく今は夜月たちの所に急ごう。」
健太が言うと、二人は静かになる。反対に、街は徐々に騒がしくなってきていた。
戦闘によって砂埃舞うグラウンド。斜陽が差し込み、淡い朱色が彼らを巻き込む。ジョルトネルガーの剣の切先が夜月の頬をかすめた。今度は逆さを向き、夜月の喉元を。寸前に魔弾が飛んできて、ジョルトネルガーを引き下がらせた。
「夜月、油断したらあかんやん!」
妖精が怒っている。夜月はほうきを構え直して、落ち着いている。
「今度から気を付ける。」
「絶対に勝つでぇ!」
と、意気込んでいる妖精は凍りついた。ジョルトネルガーが高速でこちらに向かってくる。
「は、はや……。」
反応する間もない妖精。ジョルトネルガーの剣の刃が切りかかるよりも先に、夜月の攻撃の方がずっと早かった。ジョルトネルガーはさらに切り返すが、夜月はすでに背後に回り込んでいた。
「なに、貴様。」
何かを言いかけたが、夜月は構わずほうきを振り下ろした。
「お前が遅いだけだ。」
その一撃が勝敗を分けた。ジョルトネルガーは地べたに倒れた。
「本当のクズはお前だ。ジョルトネルガー。」
ジャドージャプトの軍事基地で、夜月たちは捕らえられていた人々を解放していた。その時に、夜月は一人の少女に出会った。何かに怯えるように辺りを警戒しながら、今やっと立ち上がって歩き出した子羊のようにおぼつかない足取りで、夜月に近付いて、すがるように泣き崩れた。
「大丈夫?」
夜月が声をかけても、一度うなずいたきりだった。
夜月はしゃがんで声をかけた。すると、どこからか声が聞こえてきた。
「助けて、勇者様!」
それは静かな叫びとなって、夜月のもとに届いた。そして、瞬く間に夜月の頭の中に言葉が入っていった。
「私は『アルシナ』です。ここに捕らわれている者は兵士の家族や恋人たちばかりなのです。」
その声は微かに潤んでいた。とどまることなくさらに入ってくる。
「ジョルトネルガーに本当に服従するものは、軍の中でもごく一部だけなのです。だから……。」
一度止まったかと思うと、彼女は顔をあげた。
「助けて下さい……。私たちの国を……、世界を……、救って下さい……。」
弱りきった声が確かに聞こえた。頭に直接届いた声よりも、もっと頭に残っている声だ。夜月は何も言えなかった。そればかりか、動くことさえ。彼女はゆっくりと、夜月に何かを手渡した。夜月は無意識のうちにそれを握ってしまったが、すぐに気付いて閉じた手を開けた。そこには
「『春の眼』という守護石です。」
再び、頭に直接聞こえてきた。手に握られていたのは、赤味が差した桜色の石だった。
「おーい、夜月、どうした? 早くいくぞー!」
遠くから健太が呼ぶ声がして、夜月は彼女にお礼を言って、走って行ったのだった。
春の眼は今も夜月の手の中にある。彼女の想いも、願いも、同じように大切に握られていた。
「健太たちは、まだ帰ってこないのか。」
夜月は運動城の頂上を見て、呟いた。
「や、やばい。死にそう。」
黙り込んでいたビル群が、どんどん声をあげていく。革命が始まろうとしていたのだ。そのせいか、健太は生命の危機に犯されていた。尋箭は頬を抑えていた。
「俺正直に言っただろ。」「その正直が余計なんです!」
聖火が声を張り上げた。
「もう一回ビンタされたいんですか?」「も、もう暴れるなよ……。」
健太は息の根が止まりそうになったが、何とか持ちこたえた。なぜこんなことになったのか? 答えは簡単。聖火が重たいせいだ! さらに、さっきから尋箭と聖火が喧嘩しているので、聖火が暴れて、さらに重たく感じるのだった。
「てか、なんでそんなに重たいんだ?」
尋箭があまりにも真剣な表情で質問して来たので、聖火も少し考え、
「やっぱり、アレがあるからじゃないでしょうか……。」と言った。
「アレってなに?」
と尋箭が訊いたので、
「アレは……。アレですよ、アレ!」
と聖火が言うも、
「だから、アレって何なんだよ!」
と尋箭が言うので聖火は
「もしかして、尋箭さん……。分からないふりして、わざと私に言わせようとしていますか?」
と言った。
「分からないものを分からないと言って何が悪いんだよ!」
「もう……二人とも……爆弾発言しすぎだろ……。」
そう、なんだかんだ言いながら、何とか軍事基地に到着。健太は何とか生存していた。「助かった……。」と思えたのも束の間だった。ワープホールの前に立ち塞がる人影が見えた。三人はすぐに分かった。
「あいつか。」「みたいですね。」なんだかんだで息ピッタリの尋箭と聖火。
「援護頼むぞ、聖火。」「はい。あ、健太さん、もうおろしてもらって結構ですよ。」「おお。」
「覚えてたんだな。待ってたぜ、この時を……。」
「仲間の心配より、自分の心配をするべきだ。」
「や、夜月! ジョルトネルガーが!!」
倒したはずのジョルトネルガーが復活した。取り乱す妖精とは裏腹に、夜月は深くほうきを構えた。
「まさか、この俺がこの程度とでも?」
怪しく笑みを浮かべながら、ジョルトネルガーは闇の気迫をその身に纏い、その闇は徐々に濃さを増していった。
「わわわ! なんかしてるっ!!」
妖精は手足をバタバタさせた。
「少しは落ち着け。」
と言った。
ジョルトネルガーは闇に包まれることで身を守り、さらには外見さえも変化させていった。巨大化し、首は三つに分裂。全身は青銅色の鱗に覆われ、竜さながらの頭角を現した。
「あ、あれ……。」
妖精は腰を抜かし、言葉を失った。
「『カイザーギドラ』……。」
恐ろしさから、ただ目から涙が溢れ出す。わずかに震えるだけで、時の止まっているようだった。尋常では無い怯え方に、夜月が声をかけようとするが、カイザーギドラと化したジョルトネルガーは、妖精をあざけるように言った。
「たしか、フェアリーフロンディアを滅ぼした時も、この姿だったか。」
そして笑い出した。
「奴らはまるで『蚊』のようだった。炎に焼かれて、無残に死んでいった。」
「やめろ……。」
どんな怒りを持ってしても、勇気を出せなかった。深くうつむいて、妖精は拳を握りしめた。
「殺してやる。」
夜月は、ほうきでカイザーギドラを指す。
「できるのなら、やってみるがいい。」
会話が終わったと同時に、再び戦闘が始まった。夜月は敵の火球をかわして、攻撃の機会をうかがう。だが、一つの火球をかわすと、かわした地点に火球が飛んで来る。何度も繰り返される。夜月の行動がすべて読まれている。その様子を妖精は見ていることしか出来なかった。
「ウチは……、どうすればいいねん……。恐くて、動けへんよ……。みんなの仇取りたいのに。」
妖精が涙しても、勝利の女神は夜月に微笑む気が全く無いらしい。
カイザーギドラは三つの首から同時に大火を吐き出して、グラウンドを火の海にした。運動城は焼け落ちて、周囲の桜の木はすべて燃えた。夜月は逃げ場を失い、高々と飛び上がった。カイザーギドラはニヤリと笑う。
「空中では自由がきかない。故に攻撃をかわすことすらできない。」
夜月は地上に降りようとするが、カイザーギドラが火球砲弾を吐いて、夜月を宙に浮かす。ほうきで防ぎきれる大きさでも威力でもない。ただただボロボロにされていく。
「くっ……。」
「これで止めだ。」
「やめろ……。」
「死ね」
やめろっていってるやろうが!!!
妖精が叫んだ。その威力で、地上の炎が消えてなくなった。カイザーギドラの注意はすべて妖精に向かう。
「うるさい『蚊』め。貴様から消してくれる。」
カイザーギドラは巨大な火球を放った。妖精は目を伏せて、閉じた。
だが、それが妖精に当たることはなかった。
「夜月……。」
目を開けると、あの火球を代わりに受けた夜月がいた。
「死にぞこないが。自ら死にに来たのか。苦しみから逃れたくて……。」
カイザーギドラの罵りに対し、夜月は鬼のような形相で睨んだ。
「お前には分からないだろ。大切なものを失う恐怖を。」
その頃ジャドージャプトでは革命が始まっていた。今まで大切な人を人質にされてきた兵士たちは魔物を倒してピラミッドキャッスルに攻め上って行った。服従心など偽りだった。
「俺は自分の苦しみから逃れたくて、何度も命を捨てようとしてきた。」
夜月の表情が綻ぶ。今まで、見たこともない表情だ。
「でも、だめだった。誰も居ないのに、いつも誰かに止められてる。そんな気がする。結局、生きてなきゃダメなんだよ。生きてなきゃ、ダメなんだ。」
「そうか恐怖か。ならば今すぐ楽にしてやる。」
カイザーギドラに夜月はため息をつく。
「簡単に言えば、妖精を失うつもりはないし、俺も死ぬつもりは無い。そして」
夜月はほうきでカイザーギドラを示す。
「お前の考えを改めさせてやる。」
「改める余地が無ければ……。」
カイザーギドラが言うと夜月は
「お前が今まで傷つけてきた人の数だけ後悔させてやるよ。」
その言葉を聞いたとたん、カイザーギドラは笑い出した。
「後悔させるだと? 馬鹿馬鹿しい。」
「や、夜月? え、どうやって勝つん?」
さすがの妖精も戸惑いを隠せない。そんなこと、今の彼は気にしないが。
「何とかなるさ。」
夜月の態度に、妖精は呆然とする。
「変わってる。夜月が、なんか、変わってる。」
そうもしているうちに、夜月とカイザーギドラはしのぎを削っていた。今度は夜月も攻撃を仕掛けるが、青銅の鱗にほうきなど効かず、制服という防具ではカイザーギドラの攻撃を少しも軽減できない。知っていても決して弱音を吐かず、勝ち目のない戦いでも、決死で立ち向かい行く勇姿は、一体何がそうさせているのだろうか。それは、
ジャドージャプトの軍事基地でも激戦があった。尋箭たちは倒れこんでいる。立ちはだかる壁ともいうべき巨大な炎龍の前に。ギアだ。尋箭に武器は無く、聖火は魔力切れ、健太は疲労がピークになっていた。戦況は言うまでもない。しかし、彼らもまた、あきらめる気など全く無く、立ち上がって、立ち向かっていく。
「そろそろあきらめたらどうだ。貴様らに勝ち目はないからな。」
ギアは攻撃を仕掛けながら言う。
「それに、お前たちの仲間も今頃は……。」
「そんなことはありません!」「んなわけねぇだろ!」「あんなのに夜月が負けるわけがない。」
ギアは一旦攻撃をやめた。
「なぜそんなことが言える。そいつにそれだけの力があるというのか。」
「そうだけど、そうじゃない。」
「ならばなぜだ!」
「知るか!!」
三人はギアに攻めかかって行った。おそらく、彼らの信じる気持ちが、次元を超えて、夜月の力になっているのだ。夜月の力はさらに増し、カイザーギドラと互角に渡り合えるようになっていた。人間の限界など、とっくの前に超えていた。もはや、人間の戦いではなくなっていた。
彗星 対 怪物
彗星のような速さと、怪物のような怪力、今では夜月の方が優勢に変わっている。
「もしかしたら、夜月は……。」
妖精は純粋に驚いていた。無表情のまま、何かを思い出したかのように、夜月を見つめながら言った。
対し友、降る風知らぬ獅子の背よ ただその時は 目を向けるなかれ
ねえ、何それ?
古い本に書かれてる言葉だよ
そうなんだ!それとここどこ?
そうか、君は名前を……
私の名前?
そうだ、君にも名前を付けてあげる!
ほんとう!?
君の名前は…… 君の名前は…… 君の名前は…… 君の名前は…… 君の・名前は…君の… 私の、 私の名前? 私の名前? 私の名前は……。
……アシナ……
私の友達だよ! 私の友達? 私の名前は…… 君の名前は……
……アルシナ……
もう思い出した。もう何も忘れたくないよ。……アルシナ……。
「アルシナ見て! このきれいな石!」
「ほんとだ! きれい!」
「ねえ、この石にも名前つけて!」
「うん! じゃあ、『春の眼』ってどう?」
「良い! でも、春ってなに?」
「春っていうのはね……」
こんな毎日が続くと思っていた。でも、奪われたんだ、
あいつに、ジョルトネルガーに。
アシナ! 逃げて!
アルシナ!! アルシナッ!!
そうして、私は、フェアリーフロンディアに逃げ込んだ。
呆然とする妖精。だが、いつしか夜月は疲れ果て、立っているのがやっとだった。いくら限界を超えても、人間として越えられない壁があった。
「もう、動かない……、か。」
「厄介なことをされる前に、消しておくか。」
カイザーギドラは不気味に唸り、そして闇に包まれた。
「カイザーギドラなど、俺の真の姿には程遠い。」
「やめて、ギア!」
その時こだました声が、ギアの動きを止めた。
「私はここにいるよ。だから、もう戦わないで!」
「アルシナ……?」
ギアの視線の先には、一人の少女が立っていた。驚きで動きの止まったギアにその少女は駆け寄って、ギアの大きな首に抱き付いた。
「は、え? どうなってるの?」
状況が呑み込めない健太は尋箭に訊いた。
「みてわかるだろ! ハッピーエンドだ!!」
尋箭は笑い飛ばした。
「なに言ってるんですか!? まだ終わってないですよ?」
聖火が二人を怒鳴りつけた。
「あら、みなさん、いつからいたのですか?」
かくして、ジェドージァプトの決戦は幕を閉じた。
「あれが死神龍『ギルフェナル』」
妖精が我を取り戻して呟いた。
ギルフェナルが動けない夜月をバカにして言う。
「消えるがいい。哀れな人間よ。」
「あ……!」
妖精は、ふわりと風のように夜月の前に現れた。
「ごめん夜月。」
目の前に声を出し
「ごめんアルシナ。」
昔の友に伝える
「さよなら。」
ギルフェナルから強烈な火炎光線が放たれる。夜月と妖精が明るく照らされる。光に包まれると、沈黙がそこにはあった。夜月と妖精は向き合っていた。妖精は相変わらずの笑顔で、夜月に話しかけた。
「ありがと。」
目が潤み始めるが、笑顔のまま。
「ごめん、どこに住むか、決めれなかった。」
夜月は必死で手を伸ばそうとするが、妖精は少しずつ、まるで砂時計のように、光の粉に変わって行った。包み込んでいる光も、一度強くなって、だんだん弱くなっていく。
「ごめん、ちょっとしか、話せなかった。」
「待てよ……!」
手を伸ばすが、届かなかった。妖精のあったところには、今は何もない。夜月は言葉を失った。いや、一つだけ呟ける。
「アシナ……。」
まだ、光の粉は残っている。風に吹かれ、空を舞っている。そう、妖精の最後の言葉たち。
夜月はそれを思い出し、立ち上がった。今の夜月には、感情がある。それは憎しみでも、悲しみでも、怒りでもない。その感情は、夜月に残された最後の光だった。積もっていた光の粉は、全て風と共に夜月の目の前から姿を消した。どこまで舞っていったのかは分からない。どんなことが起こるのかも分からない。だが、夜月は分かっていた。なぜなら、
だって
ギルフェナルはつかさず、夜月の息の根を止めようと、巨大な足で踏み潰そうとしてきた。空気が我先にと逃げまどい、影が夜月を覆う。それでもかわさず、山がのしかかる程の力が、目掛けて落ちる。
大丈夫
大地に流星が落ちたかのような衝撃波が周囲のあらゆるものを吹き飛ばし、校庭の木々をなぎ倒していった。だが、夜月は目を見開き、片手で抑えている。
私はずっと
夜月のその手に握られているものは、ほうきでも、光の粉でも、春の眼でもなかった。人々の、幾何人もの思いと、願いと、希望と、それらを護るための剣を持っていた。
「誰かに訊いた。妖精は、力尽きるとき。」
光になるんだよ、もうすぐ、私
でも、大丈夫だよ
「戦いがいのある奴らだったな。久々に見たぜ、あんな馬鹿を。」
「で、これからどうすんの?」
「逃げるしかないか。まあ、革命は成功だろう。」
私は、ずっと……
妖精の言葉が脳裏を何度も細かく刻まれてよぎる。
夜月はギルフェナルの足を大きく振り払うようにしてどかした。そしてその剣で、ギルフェナルを指した。
「絶対に勝つ」
「いい気になるな!」
ギルフェナルは四つになった首から火炎光線を放つ。夜月はかわさず、構える。再び、しかし、今度は夜月だけが照らされる。
夜月の心の中の世界で
火炎光線の輝きが頂点に達した時、夜月は剣で光を切り上げた。火炎は一瞬で消え、夜月が空に剣を突き掲げた時だった。
生き続けるから、信じていてくれる限り、生き続けてるから
アルレイでもジェドージァプトでも関係なかった。桜が満開になり、猛桜吹雪が巻き起こった。花びらは風に乗り、どこまでも、まるで空を流れる大河の上に浮かんでいるかのように流れていった。ジェドージァプトでは戦いをやめ、魔物でさえもその美しさに見入っていた。平穏を求める人々の願いを、春の眼のような桜の花が、叶えてみせた。
その流れとは別に、夜月のもとに空が集まって来る。力が夜月に注がれ、そして満ちていく。アシナは生きている。その魔力を全て夜月に託して。
「行こう。あの夕陽が落ちて、全てが闇になる前に。」
夜月は笑みを浮かべ、小さくうなずく。
ギルフェナルは叫ぶ。
「こうなれば、全ての世界ごと吹き飛ばしてくれる。」
そして、魔力、妖力、その他ありとあらゆる力を一ヵ所に集中させる。
夜月は息を整えて、叫ぶ。
ヴレイヴァーン
散らばっていた光の粉が夜月のもとに集まっていく。夜月の周りが徐々に輝いていく。静かに緊張が走った。
一番星はまだ出ていない。落ちない夕陽に照らされているから。
「夜月なら」「きっと…」「大丈夫だ!」
「信じていいんですよね、勇者……!」
「がんばれ、夜月!」
「夜月さん、きっと、あなたなら越えられます!」
「あんまよく知んねえけど、強いのは知ってる。絶対だ、お前なら勝てる。」
「頑張って、勇者様!」
「その程度の壁、絶対越えろ!」
「夜月って人よ、俺みたいになんじゃねえぞ。」
「頑張ってね、こんな奴にならないように。」
ギルフェナルのチャージは完了した。同時に夜月の光が満ち、時は満ちた。
「我が最強の技を受けてみろ。」
首から同時に闇夜光線が放たれた。光を消し去り、空をゆがませながら、それは夜月に襲いかかろうとしていた。
夜月には疑念があった。果たして、あんなものを越えることができるのか。自分の目の前で消えてしまった妖精の存在を信じることができるのかどうか。
思いが交差していく中、闇が迫る。
その時、夜月の中に光が一つ灯った。
「アシナ……。」
夜月が呟くと、彼女は笑った。
「大丈夫。私はずっと夜月を信じてる。」
夜月が目を覚ました。
闇は目前に迫っている。夜月はかざした剣を、力一杯振り下ろした。すると、闇はその輝きを消し去ることができず、消えていった。
「よし、止めや!」
「な、なに!」
愕然とするギルフェナルに夜月は容赦なく切りかかる。そして、高々と飛び上がり、天を貫くほどに振りかざし、光を纏う。空に一つの星があるように、そしてそれは、ギルフェナルに向け、流星のように、光の筋をつくりながら向かう。
……!!
夜月、ギルフェナル、それぞれが互いに背を向けていた。
夕陽が彼らを黒く染め上げる。
全てが息を飲んだように黙り込むと、
ギルフェナルは倒れた。
やっと終わった。
「夜月!」「夜月さん!」「よ!」
ジェドージァプトから帰ってきた三人は夜月に駆け寄って喜んだ。しかし、夜月は浮かない表情をしていた。アシナのことで思い出す。すると、夜月は少しずつ笑顔になっていった。心配していた三人の表情を和らぐ。
「信じてみるよ。目の前のことも、心の中のことも。」
決して落ちなかった夕陽が再び動き出して、ゆっくりと沈んでいく。その太陽が吹き出した風は、優しさをもって彼らを包み込んだ。一枚飛んだ桜の花びらが、夜月の想いを伝えるために、ずっと空へ舞い上がっていった。
彼らの冒険は終わりを告げた。
一方、ジェドージャプトでは、手を伸ばしたアルシナのその手に、一枚の花びらがのり、強く握って胸にあてた。
「これが、春だよ……、アシナ……。」
fin




