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2013年・2014年

器官意識切断帯

 次の手を打とうとしても刃に切りだされる臓物を保つことはできない。浮き上がる拷問傷は疼きだし、深紅の血潮がうねりだした。皮膚が脱げていく感覚、それは外部と内部の境界がどろどろに融けていくということ。肌を纏う粘膜が一枚ずつ剥離されていくのだ。糸が解けるように力が抜けていくことを漆黒の視界で味わうと、不動の体が僅かながら操作できたような気がした。しかしそれは腹部の痙攣でしかない。意図的に動かすことなど四肢の拘束具の頑丈さから見て不可能だ。また近くで何かが潰れる音が聞こえる。するとひたすら俺の深層から恐怖が湧き出してくる。初めは小さな疼痛が五体全身に拡大していき、それが鋭敏化する。ぶしゅ、ぶしゅと生々しい音が鼓膜を揺らす。そう、それは俺の肝臓が切り取られた音である。それは静寂を破り、細胞を殺す音、刹那ごと、死んでいく音、俺が殺されていく音である。

 欠陥品となる俺の躰は彼女の狂おしい欲求で充たされていく。電子の律動で刻まれていく臓器、次は腸である。生温かい温度を受容し、炎に遮蔽することなく接触するかのように、肉を一歯毎に巻き込んでいく。それは一つの夢幻を視るように、全く俺の心に現実感というものは抱かなかった。噛みちぎるかの如く絡まる刃先は俺の腸を捉え傷つける。神経が切断され、感覚を失う。痛みは奔流となり全身に襲いかかる。夥しい痛痒によって現実感が乏しくなり呼吸もまともにできない。抵抗できないもどかしさはもはや死んだ。錆ついた手錠がわずかに音を立てる。俺の腸は一本の芯は支えもなく崩れてしまった。積み重なった何かが廃棄されていく。感触の喪失はある種の奇妙な満足感を催したが、一瞬にそれは彼女の愛憎に上書きされた。

「うそばっかり」彼女が耳元で囁く。次に犯されるのは耳である。皮膚を燃やしその中身を綺麗に剥ぎ取る。火傷のような刺す痛みが耳朶を劈く。耳が破れる瞬間に俺の中の矛盾した想いが疼いた。こんなにも醜い血まみれの俺の魂を救ってくれる、そんな思いがする。曖昧な心臓の輪郭であるが、胸が躍動する。俺は興奮しているのか。こんなにも苦しいのに、痛むのに、それがまるで一個の救いのように俺は脳髄で感じているのか。永遠に囚われる感覚。今まで殺されてきた臓器から流れた血に浸る俺の手首、足頸、紅くぬめって気持ち悪い。全身をヘドロの沼に囚われているような、そんな感覚。鼻の粘膜に迫る血の香り。それはもう俺の鼻腔を刺激するだけで収まらず、そう、なんだか頭痛や咳まで発症させるに至っている。痛みなのかわからない体感でわかった。俺の耳が焼却されたのだ。

 もう動くことができない。全身を鎖で縛られているようだ。ひたすらに静寂の音だけが聞こえる。飛沫が飛びはねるのが見える。彼女は切り離された俺の指をくわえ、そのまま飲み込んだ。いつか胃液に消化され、彼女の血となり肉となるのだ。俺の肉体は彼女の肉体へ、俺の一部が彼女の魂の一部へ変容するのだ。俺の体を摘み取っていく彼女はもっと刺激を欲しがっている。廃れた臓器すら食んでしまいかねない。痺れきった視界は常に揺れる。そこにあるのは天国か。多重の星が網膜に映る。深い闇の中、果てのない海のように、地獄に墜ちていくほど、俺は、救われていく。その快感に溺れていくだけの、浄化。刻印がもうそこまで達している。

 排泄される意識の中に這入ってくる俺でない何か。それは偽の意識だ。そう俺の意識閾は、境界は崩れ始めてきて、その中に注入されてきている。皮膚感覚がなくなった今だからこそ心の魂の境目が麻痺して、弱くなっている。俺の中身と融合してきているもの、それは彼女の殺意と、そして愛情だった。もはや俺はそれでもいいと思う。俺の意識は抜け殻となって自分の力では考えることがもはやできなくなってしまった。そこに混入する彼女の意識。俺を操るかのように舌を動かす。「愛してるよ。祈り」俺はこんなことを口に出してしまう。彼女は何か喋っているが、俺には鼓膜も耳も失われているのだから聞こえるわけがない。聞こえるわけがないのに、何を言っているのかわかる。「その言葉が聴きたかった」と。わからないのはこれが俺の無意識の想いか、それとも偽の言葉かということだった。ただもはや終わってしまった俺の躰は人間の形をしていないのだった。俺の生存している器官はどこか。彼女に殺戮されるのは果たして倖せだったのか。未来、様々な疑問達が脳髄を闊歩する可能性があったが、もはや知らない。それを考える前に、俺は意識を失ったのだから。俺はもう死ぬのだから。だから、最後に、俺と彼女の体は寄り添って。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 特に皮膚の描写がよかったです。脳髄を闊歩するところもよかったです。 [気になる点] 臓器の切断は最後にした方が、苦しむ姿を描けたのかなと思います。五感は最後まで残さないといけないですし難し…
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