06閑話.口調
「リンデンの口調って固いよな」
「……そうか?」
唐突に投げられたボールは、とりあえずトスすることにしている。
キャッチせずに跳ねさせた先で、アキレアの細い首が肯定を示して揺れた。戻ってきたボールを渋々受け取り、己の口調を思い出す。
まあ、間違っても柔らかくはないだろうが。
「固いというほど固くないだろう」
「固いってほど固くないだろー」
「クインスがお手本ですわ」
「それは軽いって言うんだ」
憮然と返すと、クインスの薄い唇が子供のように突き出された。摘んで欲しいのかと手を伸ばす。
「固いとして、何が悪い」
「ふふぇんどふぃーはにふぁふぇふはほ」
抵抗もせずに唇を挟まれた男がモガモガと未知の呪文を口走るのに首を傾げた。
「フレンドリーさに欠けるだろ!と言ってますわ」
「薄々思ってたんだが、もしかしてテレパシーによる意志の疎通が必須技能だったりするのか、主従っていうのは」
「わたくし、クインスなんかと通じたくありません」
「ほへほはんは……」
今のは分かった。
アヒール鳥のような口のまま、俺もあんま、と同調したクインスに、キッと鋭い──ように見せたいのだろう可愛らしい眼差しが注がれる。
自分で言うのは良いが人に言われるのは気分が悪い、という。何とも人間らしい身勝手さに苦笑をこぼした。
フレンドリーさを唱えるのならこいつらだけで十分である。他の主従も大概仲が良いが、ここまでまるで遠慮なく言い合えるのであれば、陣営仲としては申し分ない、どころかお釣りが出るだろう。行き過ぎてるとも言う。
そう口にすると、口を封印する指を弾く勢いで、途端に反論が飛んできた。
「お前も含めて陣営だろ! 友情育もうぜ。固いの止めようぜー。女の園寂しいんだよ。兵士は俺の立場上よそよそしいし」
「勝手に育てれば良いだろう。サボテンくらいなら私でも枯らさず育てられるし、気が向いたら水くらいやるよ」
「俺、胡蝶蘭。全身全霊を掛けて育ててやらないと枯れちゃうぞー」
「面倒だからそういう種類は捨ててるんだ」
あと非常に図々しいから悔い改めろ、と追撃を掛けるが効果はないようだった。不満そうな顔を隠そうともせず、ああでもないこうでもないとリンデンから固さを取っ払う術を話し合う男と主だが、そういう話は本人のいないところで作戦を練るべきだと思う。
交わされる戯言を尻目に、仕事に戻ることにした。具体的には部屋のそこかしこに仕掛けている罠の追加と再確認だ。
間を置かずにあった先日の襲撃で粗方が役目を終えていたので、ねぎらいを込めて手入れを施す。迎撃のための火薬を補充し、防御陣の起点となる宝珠を取替え、何本もの吸着矢を防いだ衝撃から曲がった機関を丹念に叩き直す。
頼もしい曲線を取り戻した金属板に偽装を施し仕掛け直したところで、ようやく結論が出たらしい主従の向き直りに、嫌々顔を向けた。
煌びやかに輝く二つの笑顔が、碌な結論を出したとは思えなかったが。
「リンデンって、怒ったときは口調乱れるよな!」
「予想以上に当初の目的が吹っ飛んだな」
想像を遥かに超えた着地点だったことに、むしろ安堵すら覚えた。ああ、これでこそだ、納得した自分を即座に戒める。いけない、こんな人間関係を常識化してしまっては。
リンデンは泣く子が更に泣き喚く戦争屋である。殺伐とした世界にようこそした覚えこそあれ、何が悲しくてお笑い集団の一員と化さなくてはならんのか。
最近意外と悪くないな、なんて思い始めた己を初心に帰らせるべく、こめかみの傷を押さえながら戦場を振り返──ろうとして、想像の中に数多の筋肉塊が出現した辺りで過去を見詰めることを諦めた。
毒の中に首まで漬かりながら毒抜きをしようなど、我ながら馬鹿なことをした。窓枠に見えた太い指を叩き落して諦念に浸る。
「戦争屋の口調なんぞ、おおよそこんなものだろ。そうじゃなければもっと荒れてるかだな」
「そういうのが普通ですの?」
ぷう、と膨れた白い餅を指で突いて空気を抜く。
「戦争を起こすのは大体が貴族か王族なんだよ。勿論、事情や報酬によって民間側に付くこともあるが、貴族と交渉するのに、庶民が砕けられるわけがない。使い分けができるほど教養のある戦争屋も少ないだろうな」
知り合いにはオール敬語の貴族然とした戦争屋もいるが、あれは特殊な例であるので除外した。
戦争屋というのは、一応政治絡みの職なので極端な脳筋は少ない。が、頭脳派と言えるだろう戦術をメインに立ち回る人間が、礼儀まで把握しているかといえばそうでもないのが現実だ。
普通に考えて、教養書を読む暇があれば戦術書を読むだろう。リンデンもその口だ。ある程度の作法は契約を得るために取り込みはする。しかし優雅なお辞儀をマスターしなければ参加できない戦場ならば、さっさと見切りを付けて次の戦地を探すだろう。
お高くとまった契約にうまい話などはない。ある程度の条件を抱えた上で、そこそこの自由を許された仕事場こそが至高である。
そう考えると、今の立場はある意味おいしい契約ではあるのだろう。ここがいつもの泥に塗れた戦場で、かつ、侍女とかいう聞きなれない単語を示す立場に就いてさえいなければ。
これがおいしい契約とか物凄く嫌だな。今の状況を同業の顔見知りに知られてみろ。半径5メラトルを焦土と化す勢いで爆笑される。かくいうこれが他人の立場であればリンデンはそうするだろうという想像だが。
「んー……まあ、理屈はわかるけどよー。つまんねェ」
「そんな狭量な貴族は気にせずポイしておけば良いんですわ」
「皆が皆アキレアみたいに特殊じゃないんだ、無茶言うな。──あとな」
びしり、と人差し指を突き付けた先で、邪気のないダークグリーンの瞳がきょとんと瞬く。アキレアが柳眉を顰めているのは恐らく指で人を示す不躾さについての抗議の表れだろうが、不躾の塊に抗議される覚えはないので気にせずポイした。
ついでに、天井からするすると降りてきた濡れた細い糸を、暇な方の手で火を着けて落とす。粘着質な殺気が消えたことを確認して言葉を紡いだ。
「問題は私じゃなくクインスの方だろう。いくら脳筋国家のアキルスでも、礼儀の底辺を這いずるような国柄じゃなかったはずだぞ」
「あー、俺は使い分けができる程度の教養はある貴族のボンボンだからなー」
「使い分けをしろよ」
「ちゃんと使い分けてますわよ。お兄様方には礼儀正しい貴族のボンボンですもの」
「他国の王は良いのか。あと貴族のボンボン扱いは良いのか」
「バルサティロ様は心の広いお方ですわ」
「世間知らずか知識人かと言われりゃ世間知らずだと胸を張るぜ、俺は」
それで誰もが問題なく納得しているのなら今更何も言わんが。
否定されなかった脳筋国家の称号は燦然と輝いたままリンデンの脳に刻まれ続けることになるのだが、こちらも再確認したところであっさり頷かれそうだったので放っておく。
「何にしても、だ」
そっと開いた扉から覗いた暗い目に向けてスローイングナイフを投擲。素早く引いた巨体を超えて、廊下の壁に突き刺さったらしい鋼が舌打ちに似た衝突音を奏でて落ちた。
こちらにも飛んできた幾本もの針を防いでくれた、数日間リンデンの睡眠を支えてくれたシーツだったものに黙祷を向け、深い溜息と共にクインスに向き直る。
「口調を改める気はないし、わざわざ気を遣って改めていたら本末転倒だろう」
「……そりゃそうか」
「では、気が向いたら、ということで」
「諦めない気の長さは認めてやる。それじゃあ、気が向いたら、な」
言って、再び窓に駆け寄りガラス戸を開く。巧みの技で均等に美しく伸ばされた大きなガラスは貴重である。待っていたようにすぐさま飛んできた矢を叩き落として。
「クインスこっち来い、本命だ! アキレアはタンス開けて扉ん陰に隠れてろ、閉めるなよッ!」
「戦闘中もちょっと口調が荒れますのね」
「余裕なくなると荒れるってのは、こっちが本性な感じもすんだけどなぁ」
「緊張感持てっつう──」
雨あられと降り注ぐ赤色の吸盤に顔を引き攣らせて途切れさせた声。あーあ、と残念そうなハモり声。
捌き切れなくなって投げた火薬球が爆風で凶器の大群を退ける中、続けた言葉は爆音に負けじと荒れに荒れて。
「やる気あんのかお前ら──ッ!」
「あるある」
「口とやる気が分離してるんですの、わたくしたち」