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大樹の下で  作者: 飛鳥
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05閑話.実力

 抜ける晴天。ぼんやりと綿菓子のような雲を見送り、脳に響く甲高い音に視線を下ろす。

 そこには燦々と輝く太陽にも負けず、元気に剣を打ち合う兵士たちの姿があった。

 ちらほら見えるのは騎士だろうか。余計な鉄板を置いてくるか、いっそ馬でも引いてくれば良い。比較的軽装の兵はとにかくとして、よくもまああんな意味のない重装備で炎天下を走り回れるものだと感心する。肩当てに卵でも投げ付けてやれば、時間を置かずして上手そうな一品料理が完成するだろう。騎士は騎士らしく馬に乗ってこいとは言わないが、せめて分厚い鎧のいくらかは解除したらどうだ。それがないとアイデンティティが崩壊するというのであれば目をこぼすのはやぶさかではないが。

 チカリと目を潰す反射光に一旦瞼を閉じる。

 仕切り直した視界の中、遠くで振りかぶられた片手剣は相手の大剣に流された。大地を抉る刃を踏み付けて、折れた刀身がまた光を浴びて周囲に捲き散らす。ブーイングの衝動に駆られたのはどうやらリンデンだけのようで、囲む兵士からは割れるほどの歓声が上がった。

 まいった、と折れた剣を手にした兵士が喚いた。首に突き付けた刃を満足そうに引くのは、お馴染みのクインスである。

 乱れた目に掛かる、太陽を思わせる金糸を払う仕草が妙に爽やかに見えるのが憎らしい。美形は汗にまみれていても美形なのだ。美形に恨みはないが、クインスが美形だという因果で今後は美形というだけで憎悪が募りそうである。リンデンに睨まれたと感じた世界の美形の皆さんは、そういうわけなので漏れなくクインスを憎むと良い。

 ああ暑い。


「リンデン、クインスは強いでしょう?」

「そうだな」


 傍らにちんまりと座り込んだアキレアに適当に相槌を打つ。

 こちらの反応は大して必要ではなかったらしい。横で立ち上がられると広がったドレスの裾が半身を擽って痒いので、できれば離れて欲しいと思う。ですわよね! と途端にヒートアップした雇い主を迷惑そうに見て、暑苦しさを落ち着かせようと口を開き──徒労を察して止めた。変わりに、飛んできた刃物を篭手で弾いて草むらへ飛ばす。


「クインスは強いんですのよ! それなのに侍女さんたちったらクインスにはケンカを売らないんですもの、失礼しちゃいますわッ!」

「行幸だと思えよ、そこは」

「舐められるなんて論外ですの!」

「……まあ、アキルスだからな」


 武力最優先国家のアキルスであれば、平和より血みどろの闘争を取ることもあるだろうか。

 視線を戻した先、今度は2人掛かりで挑まれるクインスが朗らかに笑っていた。血沸き肉踊るというよりは、よーしお兄さん弟相手に頑張っちゃうぞー、という表情に見える。

 どうもあれがアキレアと同じ性質であるとは思えないので、多分彼にしてみれば行幸だったのだろう。強い人間が戦いを好むかと言えばそうでもないのが世の中だ。

 かく言う、リンデンも大して闘争に励む性質はしていない。戦争屋であるのは、諸事情の流れによる己の生の保証のためであり、それからは単にやってみたら向いていたから続けているというだけである。

 リンデンのように守勢に回る同業者は、罠に引っかかったバカを楽しむ性格の悪さがないのであれば、およそ職業戦争屋だろう。自ら身を更なる危険に晒す気はさらさらない。

 戦争屋の一部には、武闘派かつ血を好む者がいる。敵陣に乗り込んで大将首を狙う報奨金狙いの戦闘狂。勿論攻めの人間が一概に血狂いなのではない。戦力低下を狙って大将を落としに掛かる者も多いわけで、そういう人間ほど戦闘狂を嫌っていたりする。同類だと思われると恥ずかしくて生きていけないとか何とか。

 ……マリーゴールドとの争いに血が踊ったのはアレだ。先駆者に追い付く道程への快感というか。登頂準備は楽しいだろう。まあ自分は山登りにウキウキする性質ではないので単なる例えだが。

 男と踊る大剣に無理な力は見られない。綺麗な弧を描いたしろがねが、ふいに直角に進行方向を変える。いくら鍛えられた男の力だといえ、常識で考えられる軌道ではなかった。

 頭の中で、騎士の1人を自分に置き換える。

 飛んできた切っ先をただ避けるにはあまりに早く、受け止めるには重過ぎる太刀筋。

 剣の腹で流して離脱し、体勢を整える。シミュレートの中のリンデンが辛うじておこなった所作は、当然だが騎士には反映されなかった。

 のど当て(ゴルゲット)に接触した刃が火花を散らす。頑強な鋼が反射光の行方を変えるほどの衝撃に、人の首は無事ではいられない。本能か、はたまたクインスの技量か。踏ん張ることなく横飛びに数瞬宙を舞った圧倒的質量が、フルアーマーの硬質な大音声をお供に大地に迎えられた。

 そして、さすが騎士、というべきか。


「覚悟──」

「は、そっちのするこった!」


 明確な技量差に怯むほど、騎士の誇りは低くはない。決して落差が見えていないわけではないだろうに、果敢に切り込む根性は気に入った。

 しかし実力の差は埋まらない。突き出した研ぎ澄まされた鋼は、大きく後退したクインスを掠りすらせず──踏み込み鮮やかな切り上げの一閃の前に、真っ二つに割れ落ちた。

 騎士の魂たる剣を真っ二つとは中々むごい仕打ちをする。

 やべぇ、というような表情と、呆然とした騎士の顔。さすがに起こったブーイングの嵐に、慣れたような滑らかな謝罪が飛んだ。


「意外と悪くはないんだな」

「ですから、クインスは強いと言っていますわ」

「クインスじゃなく、騎士がさ」


 ずば抜けて良くはないが、悪くはなかった。問題なく錬磨されている。むしろ、国別にすればそこそこ強い部類に入る。


「侍女がアレなせいで影が薄いから、腕には期待できないかと思ってた」

「お手本が傍にいれば強くなるものではないかしら」

「ああ、なるほど、触発されてるのか。てっきり萎縮する方向かと」


 あれに触発されるって凄いな。

 自分であれば、博物館の展示品を見るような目で観察するに止まると思う。人間、通常は次元の違う存在に張り合おうとはしないものだ。

 そういうところも、良くも悪くもお国柄ということか。あれら侍女がひたすら歴史に根ざしているのであれば、異色と思わず接していられるのかもしれない。あいにく、羨ましくはないが。

 ブーイングで意気を統合した兵士たちは、ついには順番を無視した乱闘へと発展していた。

 中心で奮闘するクインスの表情はさすがに引き攣っている。それでも四方八方から飛んでくる剣戟を的確に弾く実力には目を見張る──と同時に腹が立つ。

 剣を弾き、体勢を崩させる。一連の動作の中で、彼は何度か剣で兵士を薙ぎ払っている。

 あの野郎、リンデンとのじゃれ合いには一切自分から手を出そうとはしなかったのだ。

 リンデンは手を出せないような打ち込みはしなかった。全力とは言えない「じゃれ合い」だった。だから、打ち込んで来ないクインスを煽るために何度かわざと隙を作ってみせた。その中には、リンデンが反撃に移れないような、どうしようもない隙も混ぜていたのだ。

 クインスはそのたび迷う素振りを見せた。重ねた刃の切っ先を反射のように揺らし、さあ切り込んで来るかと思えば──来ない。

 あれは自制である。反射的に剣を振ろうとしたのなら、思い切り手加減をしていたということに他ならない。

 女に攻撃は仕掛けない主義だ、というのなら許そう。個人の思想に騒ぎ立てる趣味はない。

 しかし腹は立つ。ので、どうせだからリンデンも騒ぎに乗じて成敗に身を乗り出そうと重い尻を上げ。


「多勢に無勢とは卑怯ですわ! わたくしもお混ぜあそばせッ!」

「おま」


 豪奢なドレスの動作制限など気にも留めず掛け出したアキレアの肢体が先駆けた。

 お前、それは自分が要人だと理解していての行動なのか。苦言を口にする前に、小さな身体は屈強な男どもの人垣に飲まれて見えなくなった。時を置かず人垣から上がる爆風。そういえばアキレアはアキルスの王族だけあって、攻撃魔術に長けているとか何とか。

 半端に伸ばした手の行き場が悲しい。溜息を吐きながら飛んできた衝撃波をアキレアが敷いていたレジャーシートで防ぎ、遠くでニコニコと手を振る金の主従に挨拶を返し、ボロボロになった布を丸めて袋に詰め込む。手を振るなら、まず片手に下げた剣を納刀してからにして欲しいものだ。

 乱闘に参加するにはタイミングを逃してしまった。仕方なしに再び座り込んで、人が舞い踊る風景を楽しむことにする。

 剣戟と爆音が交互に響き合い、砂埃と悲鳴をまき散らす。時が経つにつれ見えなくなっていく乱闘現場。徐々に悲鳴の数が減ってきた。兵士の減少率が予想より早い。アキレアの魔術攻撃力が自重しないせいだ。

 できれば重傷人が生まれないことを期待するが。


「これは無理かもな……」


 早々に諦めて、治療院は北の詰め所だっただろうかと、のろのろと腰を上げた。


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「大樹の下で」小ネタ漫画掲載。絵が出ますのでご注意下さい。
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