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大樹の下で  作者: 飛鳥
20/25

エピローグ

「リンデーン! 何してんだ?」

「……何してるんだと思う」


 2階の通路から見下ろした先に、打ち合う兵士たちを見守る既知の姿があった。暇になったので探していたのだが、随分とあっさり見付かったもんである。

 こちらに気付いた兵士が頭を下げるのに手を振って、身振りを付けて指導するリンデンの姿をしばし見守る。

 あの壮絶な戦いから3月が経った。

 アキレアは目出度く王との結婚が決まり、王妃としての教育に追われている。

 周囲を固めるのは、代々王族に仕える鍛え抜かれた侍女たち。一人一人はマリーゴールドに劣る力量ながら、噂では、連携により一国軍をも易くいなすという。実例の記録があるところが怖い。まあ、そこまで攻め込まれたことがあるのがまず問題なんだけど。

 クインスは当然警護から外れ──これは心底目出度いことだ──近く国に戻ることが決まっている。

 今のところ役職という役職もなく、兵士の訓練に付き合ったり、城仕えの侍女と拳的な意味で戯れたり、アキレアの惚気話を延々聞かされたりしている。できれば最後のは早急になくなると物凄く嬉しい。俗に言うコイバナの類は嫌いじゃないが、あそこの惚気は何というか、物凄く鬱陶しいので。

 側室だった少女たちは家へと帰って行った。王に手を出されていないのはお国柄周知の事実であるし、正妃となるべき条件も皆知っていることなので、つまらない陰口を叩かれることもないだろう。

 減った人口は清々しくもあるし、寂しくもある。暖かそうな筋肉の塊が目に入り難くなったせいか、心なしか体感温度が下がった気もする。

 そしてリンデンは。


「リンデンさん見て下さい新技! 新技ですよ!」

「お前らは必殺技とか究極武闘とか考える前に基本を徹底しろと何度言ったら。足元がお留守なんだよ!」

「えっ、究極武闘とか何それカッコイイ!」

「しまった厄介なモンに火を点けたッ!」


 面倒見の良さが災いして、未だこの国に根差している。

 侍女としての引継ぎがどうのと説得をされて、渋々受け入れたのが駄目だったんだと思う。思うというか、それ引き受けちゃ駄目だろーとわかってて助け舟を出さなかったのが自分だが。

 大体クインスと同じような立ち居地だが、それに輪を掛けて人気なのがリンデンだ。ときにはメイドたちに囲まれてティーパーティの主役に祭り上げられていることもある。クインスが赴くと敵を見る目で威嚇されて気まずいので、襲撃は適当な回数で抑えることにしている。

 最近やっと気付いた事実だが、クインスがリンデンに話し掛けるおよその場合、彼女たちがリンデンに接触しようとする機会を踏み躙っていたらしい。まさか鍛錬後にタオルと飲み物と間食を持参した程度でフラグをクラッシュしていようとは思ってもみなかった。少し肌寒くなってきたし、今後は一応上掛けも用意しておくと便利かもな。

 なお、メイドだけでなく兵士からも少々咎めの視線を食らうことがある。クインスが鍛錬に付いて行くと、リンデンが監督に回るから手合わせできないということだそうだ。あいつと戦いたければクインスの屍を超えろってことである。燃える。今後は一層頑張ろうと思う。

 直剣を薙ぐリンデンの動きにぎこちなさはないようだった。

 数日は随分と違和感が残ったようで、引き摺るように歩く様を見て、アクナイトが背を差し伸べるほどだった。謹んで辞退する彼女の顔は静かな返答でありながらも必死だった。

 大地を踏み締めた足が強く伸びる。一瞬で懐に飛び込んだリンデンの無手は兜の顎を捉え、突き上げられて大柄な兵士が勢い良く倒れた。

 砕けた左腕にも既に不備はないらしい。少なくとも、大の男に脳震盪を起こさせるくらいには。

 剣を収めながら鍛錬場から離れるリンデンに、クインスは機を見て飛び降りた。鎧の重さはさして気にならないが、音が煩いのが欠点だ。

 金属音を立てて着地したクインスに呆れた視線が寄越される。


全身鎧(フルメイル)で飛び降りるなよ。どうしたんだ、それ」

「アキルスから使者が来ててなー。適当やってるとうるさいから、正装代わりに持ち出した」

「ということは、そろそろ帰還か。ごくろうさん」

「お互いになあ」


 良いとは言えない目付きが緩む。濃い木肌色の瞳が柔らかく滲むと随分と印象が変わるというのは、早々に知ったことだ。遠巻きに見ているときには気付けなかった。微笑むというほどの表情でなくとも、リンデンの雰囲気の和らぎは分かりやすい。

 思っていたより下にある顔を見ながら、腰帯に佩いた剣を指差す。


「やっぱ使い難いか」

「……分かるか。使い難い。悪い剣ではないんだけどな」


 言いながら、直刃の剣の根元を晒して見せる。兵士の使うものよりもう少し質の高い剣だ。

 当初は王から宝剣並みの剣が送られる予定だったそうだが、彼女は頑なに拒否し通した。持つなら高い剣より使いやすい得物。金にも換えられない剣を所持していても荷物になるだけだと。

 貰えるもんは貰っとけという心情のクインスだったが、確かにリンデンにはどうしようもないなと納得もする。アキルスに弟妹がいて宿代わりにしているとは聞いたが、世界を渡り歩く人間がいらん荷物を増やすこともあるまい。相手が真面目なリンデンならなおさらである。

 しかしなあ、と首を捻る。城下を思い出しても、元の得物に近い形状の武器を取り扱う店があったかどうか。


「仕方がない。最近弟妹にも会ってないし、私もアキルスに行くかな」

「お、マジか。まあ、アキルスは武器屋多いしな」

「無暗矢鱈と不必要にな」

「そうか? そりゃ勿論、他国よりは多いけど」

「何でパン屋や服屋より多いんだよ。需要と供給が釣り合わないだろう、普通」

「えーでも釣り合ってるからやってけてるんだろ?」

「そ──そうか……そうだよな、アキルスだしな……」


 頭を抱えて自分を納得させる姿を横目に、小さく拳を握った。何を喜んでるんだという声に答えず歩いていると、やがて浅い溜息を吐いた。これは諦観というより、クインスの心中を理解しての呆れだろう。

 さすがのクインスも真正面から同行延長が嬉しいと告げるのは恥ずかしさが残るので、察しの良さは凄く助かる。

 しばし無言で廊下を進み、見えた外の夕日に目を細める。気付けばリンデンは階下に目を向けていた。つられて下を向くと、馴染みの兵士やメイドたちが大きく手を振っている。

 気のない様子で手を振り返す姿に、思い立って尋ねた。


「どうだった?」

「何が」

「侍女業務」


 問えば、複雑そうな顔が返ってくる。文句を言いたげな、それでいて率直に告げるのを迷っているような。

 茶化しもせずに言葉を待つクインスに返ったのは、今度こそ諦念を帯びた溜息だった。


「どうもこうも……」


 欄干に肘を付いて背を預ける。伏せた目が泳ぐようにふらつくのは珍しいことだと思う。


「巻き込んだ本人がそれを聞くか?」

「巻き込んだ本人だから聞くんだろ。精神に傷を負うくらいに苦痛だったってんなら謝罪を考えなくもないし」

「そこまでトラウマ負わせてなお考える止まりなのかお前。怖いな」

「え、負ったのか?」

「負ってないけど。いや、別の意味でなら負ったし歪んだ気がするけど」


 頭痛を堪えるようにこめかみの傷をなぞる。

 多分、逞しさ溢れる侍女たちの幻にでも悩まされてるんだろう。クインスも始めは驚いたもんだ。驚いてる間に女装した同僚がのされたのは不幸な話だった。アキレアは驚くよりバルサティロに見蕩れていたので、思うところはないようだったが。


「……人と認めるのが困難な生物に襲撃はされるし、同一世界とは思えん妙な常識に翻弄はされるし、挙句、散財は激しいし、弟妹に罵られることは決定付けられたし、散々だった」

「……そうかあ」


 改めて考える様子もなくこぼされる言葉に肩を落とした。

 それなら、クインスは憧れた人間に苦労を背負い込ませただけだったわけだ。それを罪悪と捉えるほどクインスは出来た人間ではないが、やはり多少は悪いことをしたなと思うし、自分の行動が憧れに害を与えたのなら少なからず落ち込む。

 謝るべきか、否か。どうせ謝っても謝らなくても、リンデンは嫌味を告げるだけで許すだろう。


「まあでも」


 空を仰ぎながらぼんやりと考えるクインスに、終わったと思った言葉が続く。

 いつの間にか落ちていた顔を上げて、廊下の飾りを見るリンデンの横顔に目を向けた。


「人を殺してるより、悪くはないな」


 冬の日溜まりにほっと息を吐くような、僅かな笑みだった。

 わかってるんだろうか。リンデンの妙な人気は、決してその実力のみに向けられたものではないことを。

 迷惑そうな顔をしながら最後には結局受け入れてしまうその態度が、こうして───観葉植物の陰から視線を凝らすストーカーをヒートアップさせてしまっているわけだが。


「り、」

「あ?」


 早速日溜まりが消えた。振り向いた戦争屋らしからぬ無防備さに、視線と言葉の矢が降り注ぐ。


「リンデンさまあああああああああああああ!」

「愛らしい! 愛らしいです今の表情ッ!」

「うおおお、抱いて下さい!」

「蹴って! 罵ってくれても良いッ!」

「何だお前らどこから──変なとこ触るなコラ!」


 揉みくちゃにされて、小さくはないリンデンの姿が消える。人の山を眺めながらクインスは満面に笑みを浮かべた。

 戦争屋としての仕事より悪くないと言うのなら、クインスがリンデンを巻き込んだことは無駄ではなかったということだ。守ることを何より優先する誰より優しい戦争屋が、眉根を寄せて歩く戦場から離れて、少しでも心を暖める場所とできたなら。

 一頻り笑んで、人山に突っ込んだ。中心で手を出しあぐねるリンデンを、更に人にぶつけるために。

これにてとりあえず終了!お付き合いありがとうございました!

途中で息絶えることなくここまで持って行けたのは、ひとえにご閲覧頂けているという自信の賜物だと心底思っています。

拙い文章ですが、今後とも見守って頂ければ幸いです。

みなさま、どうもありがとうございました!


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「大樹の下で」小ネタ漫画掲載。絵が出ますのでご注意下さい。
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