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大樹の下で  作者: 飛鳥
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01.発端

 扉を叩く音に刃を従える。腰に下げた無骨な湾刀の柄に利き手を置いて、いっそ無造作に扉を開いた。


「よう、アンタがリンデンか?」

「そうだよ」


 一見軽薄そうな男を部屋に招き入れ、戸を閉める。自分が部屋にいるときには鍵は掛けない主義だった。押し入ろうとする人間には、鍵などあろうとなかろうと関係がないためだ。どうせ蹴破られるのなら、最初から外しておいた方が宿に対して角が立たない。

 据え置きの粗末な椅子を勧め、自分は固いベッドに浅く腰掛ける。


「得物放せよ。怖いねー、戦争屋」

「悪いが布団叩きを手放せないのは職業病だ」

「埃は出ねェよ。こう見えて綺麗好きなもんでな」


 苦笑する男の身なりは、言う通りに整ったものだった。

 落ち着いた光沢の、素っ気無さを覚える程度に装飾がなされたブレストプレートと肩当て。のぞくシャツの厚手の布地は、ある程度の防刃性を備えた特殊なものだろう。腹が立つような長い足を包むズボンも同様で、仕立ても歪みがなく男にぴったりとあっている。ブーツなど皮と金属をバランス良く取り入れた、耐久力が高く、それでいて軽そうな一級品だ。

 ついでに、整った顔立ちを縁取る髪ときたら貴族特有の金糸だった。あいにく王子様然としたけぶるような月の色ではないが、橙を混ぜた色濃い金は、男の取っつき安さを増している。丁寧にセットしたようにも、寝起きの跳ねたままにも見える髪型も、愛嬌を助長しているだろう。

 深い緑の瞳から溢れ出る人の良さが本物であれば──いや、そうでなくとも、おおよその人間からは好かれるだろう様相である。美形ってのは得てして話しかけにくいものだが、雰囲気が軽いせいか、道を歩いていると毎日迷子の子供に好かれそう。

 ともあれ。


「しっかし、噂の戦争屋が本当に女だったとはなあ。な、リンデンって本名? 男の名前みたいだな」

「うるさいな。故郷での本名の通りが嫌だったから改名したんだよ」

「故郷っつうと」

「東方の小島」

「へーえ。聞いといてなんだけど、故郷とかって隠しとかなくても良いのか。ほら、戦争屋って恨み買いやすいだろ。復讐とかよ」

「やれるものならやってみろ」


 見た目の通りの性格ではあるらしい。にこにこと止まらない言葉を紡ぐ男に投げやりに返して、リンデンは日に焼け赤茶けた髪をかき乱した。

 お喋りが過ぎるのを咎めるほど融通がきかなくはないが、先に仕事の話をしてしまいたい。


「で、わざわざ指名してまで何の用だ?」

「おう」


 向けた水に、男は骨張った手をぱちんと打った。子供じみた仕草が似合うというのは、大の男に対しては褒め言葉になるだろうか。

 イケメンは些細な仕草が絵になるのが個人的に憎らしいから死ね。


「まずな、俺はクインスだ」

「クインス……東方に行ったことは?」

「いや?」

「そうか。今後も行かない方が良いと思うぞ」


 話を遮って悪かった。片手を上げて続きを促すと、首を傾げながら頷いた。鍛えられた太い首が波打つのを見ると妙に胸騒ぎがする。

 何一つ、この依頼に関しての詳細は聞いていない。繋ぎの情報屋にコンタクトを取ったのは、クインスであったらしい。生物学的には男に分類されるはずの情報屋は群を抜いて優秀だが、神は2物をあまり与えない。致命的なエラーを加えられたあいつは美男に弱いのである。とにかく会って詳細が話したいの一点張りだった怪しすぎる依頼は、3日は渋ったが4日目に問答無用に押し切られた。

 リンデンはいわゆる戦争屋である。国に蔓延る魔物を駆逐するのが主な仕事である傭兵とは違う。ただ戦争に飛び込み戦場を駆ける、それだけの人間だ。団体戦に強く、人の行動を読むのに長けて、状況に合わせて勝利に向かう、戦争屋。対人戦に特化し対人戦で金を稼ぐ戦争屋は、基本的に人の敵(ハイエナ)として嫌われる。

 そんなリンデンが見るに、クインスは強い。歩む流れに淀みはなく、動作の間に隙がない。筋肉質な腕は腰に履いた大剣を振るうに不足なく、笑う瞳は周囲の警戒を怠ってはいない。


「なあ、戦争屋。後生だから受けてくれよ。アンタに捨てられたら、誰に頼りゃ良いか俺には検討が付かない」


 ずいと身を乗り出したクインスに眉を潜める。先に用件を言わない辺りがまた胡散臭い。

 開けておいた背後の窓が風にきしみを上げるのを確認して、気取られない程度に腰を浮かせた。荷物は窓際に寄せてある。逃げる準備を万端に。


「依頼者は誰だ」

「俺じゃないな」


 爽やかな笑みで椅子から離れた男に、弾かれたようにベッドの上に飛び上がった。

 シンプルな鎧は急な動作にも軋みを上げなかった。動きを阻害する余分がない。それはつまり既製品ではなく、彼に合わせて造られたものだということだ。ひどく出来の良い装備には、クインスの財力、あるいは地位の高さが垣間見える。

 それよりも、見えた大剣の柄頭に見えた豪奢な刻印が大問題である。あれは兵士の持ち物ではなく、一介の騎士の刻印でもない。

 任務の資料で見たことある。隣国の、王族の。

 最近この国に嫁いだ姫がいたような記憶がある、王族の紋章に似た。


「実はだな」

「いや、いい、聞きたくない」


 スプリングを軋ませて窓へと跳んだリンデンの足下を文字通り掬ったのは、シーツを覆う薄い掛け布だった。テーブルクロスを引くように勢い良く引かれた布に抗えるほどリンデンはサーカス団員ではない。

 敗因は多分、荷物を捨て切れなかった強欲さであろう。固いマットレスに顔を埋めながらしこたま自省する。

 打ち付けた鼻がすこぶる痛い。


「何となく察しただろうけど、依頼主はアキルス国の姫さんなんだが」

「そこまで察し切れてない」


 傍らにあぐらをかいた男が憎い。人の寝台に上がるなら、まずブーツを脱げ。土の付いた靴底でシーツを踏み付けた自分の言うことではないが。良いんだ。ここは借り物であれど自室だから。


「姫さんは今、心底困ってる。俺もだ。何せこの国で必ず必要な立場の……おいおい、どこ行こうってんだ、戦争屋」

「は、な、せ! 戦争屋は戦場が仕事場だから戦場へ帰るんだよ。働かざるもの食うべからず。働かざるもの食うべからずッ!」

「その戦場を紹介してやりに来たんだろーぉ。ほら、布団被ったって戦場へワープはしないぞー」


 腹が立つから子供を宥める声音を止めろ!

 更なる逃走を全身で押さえ込まれ、せめてと現実から逃避しようとするリンデンを、容赦なく叩き起こすクインス。

 そもそもは、情報屋に負けたのがケチの付き始めだったのだ。それとも借りを作っていた事実が元凶だったのだろうか。人に借りを作るとロクなことにならない。返さなければと強迫観念に押されて、いらんことを引き受ける可能性が高いためだ。

 リンデンは戦争屋にしては情に厚く義理堅い。仕方がないだろう。故郷の特色なんだ。約束は守る。義理は果たす。利には利を返すし、本気で泣き付かれたら突き放しきれない。

 自分の破滅が予想できる道であれば話は別だが、今回は話を聞く、というまでが義理だったはず。

 話を聞いたら引き返せないような権力図が発生してるなんて聞いてないぞ、情報屋。

 それともアレか。堅牢さで知られる、戦争とは無縁のここ、マカダチ国に来てしまったのが最初の間違いだったのか。


「実はなー、先日、うちの姫さんが国から連れてきた侍女が止めちまってなー」

「何だそれ。止めたければ止めさせてやれよ。私に何の関係が」


 布団から目だけのぞかせた。

 満面に花を咲かせるクインスのハンサム面を仰ぎ見て──即座に前言を撤回する。


「連れ戻せ、即刻」

「最低1年は面会謝絶だろうという重体っぷりでな」

「何をどう複雑に絞り上げたら面会謝絶1年なんて診断が出るんだ! 二度と侍女なんぞ募集するなッ!」


 回復魔術という技術が編み出されて久しいこの世界では、死の淵に立った重体でも精々1ヶ月でカタが付くはずだろう。峠を越えるか否かの決着が。まして場所は王宮。面会謝絶はおろか、全治1年ですらありえん。


「そこでだ」

「止めろ」


 掛け布にくるまって、立てた指を視界から遮断する。光輝くイケツラを見たら目が腐り落ちる病気なんだ。あと脳を侵食する美声を1秒以上耳に入れると鼓膜が爆発する持病を、今患った。


「リンデンにはだな」

「無理だ。物理的に無理だ。私は主に戦場でお仕事する戦争屋だ!」

「似たようなもんだ。変わらん変わらん」


 大いに違う。朝のキッチンは戦場だとかそういう精神論か。リンデンが立つのは魔術が飛び交い刃が行き交う、血生臭く赤黒い戦場だ。決して包丁で無抵抗な有機物を切り刻む方向の場所ではない。


「パンパカパーンッ!」

「止めろってんだろうが! 私を棲息地に帰してくれッ!」


 てきぱきと窓を施錠し、リンデンの少ない荷物を背に負い、巻き付けた足型の付いた白い布をはぎ取った男は、耳を塞ぐリンデンの嫌がりようには一切構うことなく、太陽の笑顔で上機嫌に理解不能な宣告を落とした。


「おめでとう! リンデンは侍女に就任した!」

「お前の頭がおめでたいわあああぁぁぁ―――ッ!」


 抜いた刃は神速の勢いで男の額当ての中央に吸い込まれた。

 折れる寸前まで捻れた首に悶絶する男の命の灯火は、残念ながら煌々としたまま燃え尽きなかったことだけ明記しておく。

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「大樹の下で」小ネタ漫画掲載。絵が出ますのでご注意下さい。
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