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大樹の下で  作者: 飛鳥
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00.プロローグ

主人公不在

 慈悲も容赦もなく、壁に叩き付けられた小柄な肢体が跳ねる。肺腑から漏れた息が吐娑物を交えて硬質な床を汚した。そのままピクリとも動かなくなった身体に注がれるのは、幾多の軽蔑の視線。同情の入る隙はない。

 無様に転がった敗者に駆け寄る女の行く手を、壁のごとき身体が阻む。


「分を弁えぬ愚か者よ……」


 一歩の踏み出しが大地を揺らす。


「疾く、去ね。この場にうぬのような弱者はいらぬ」

「……退きなさい、無礼者」


 地を這う低音。空気を震わせる地獄の音。それは女に向けられたものではない。倒れ伏した屍に、更に向かう刃であった。

 刃の向かう先が己ではなくても、返す刀がいつ訪れるのかという緊張感が当然のように纏わり脅かす。それでも毅然と背筋を伸ばした女は、決して勝てぬ獣を前に逃げることを選ばない。


「その者はわたくしの従者です。これ以上の狼藉は許しません」

「許さぬ、という」


 鋭い眼光に射抜かれる。刹那の死の錯覚をやり過ごすのは歴戦の勇士でも難しい。


「この地位につく意味も理解せぬ主が、我らを許さぬという」


 言葉を失った華奢な四肢を、言葉の弾丸が叩いて過ぎた。喘ぐように繰り返す。


「意味?」

「是」


 丸太の腕が宙を薙ぐ。

 強く、強く、酸素を押し流すような重い声が、腹の奥から吐き出される。


「我らの意義とは!」

『威力であるッ!』

「我らの意味とは!」

『武力であるッ!』

「我らとは!」

『全てに勝る戦力であるッ!!』


 一糸乱れぬ大合唱。四方から吹き荒ぶ暴風に、苗木のように女の足下が揺れた。


「戦力……」


 確認の呟きは、陽炎を纏う覇王に拾われた。女の桃色の瞳を捉えた心臓を貫く視線が、人の理性と獣の凶つをはらんで燃える。


「我らの地位には力こそ全て。盾となり、矛となり、主に向かう刃を払い、主を害なす全てを滅す、それこそが我らの存在意義。蹴落とされた敗者に生きる価値などありはしないのだ──そして覚えておれ、強き我らを従えられぬ者を、我らは『主』とは認められはせぬ!」


 この場に魔が在れば、天井に届くほどの生気に即座に存在を消しただろう。この場に神が在れば、その傲慢さにはいっそ声を上げて讃えただろう。

 しかし女は──アキレアは、真っ直ぐな視線を強大な壁に叩き付ける。


「では、わたくしがここにあるには、あなたがたを倒すほどの戦力が必要ということですね」


 清涼の声が熱気を払う。

 巨木は澄んだ音色に耳を傾けた。死の視線に絡む、凛とした声とは裏腹の、とろりと甘いロードナイトの瞳に濁りはない。


「良い」


 歪んだ口元に確かな笑みを浮かべて、最強の盾であり、矛である存在は宣言する。


「更なる挑戦を認めよう、強き心を持つ者よ。我らを倒す者を従えよ。さすればうぬを認めよう」


 大樹の前に、アキレアは苗木にも劣る双葉だった。小さなその芽は、踏み潰すにはあまりにも簡単な底辺だった。

 けれど大樹はいつかは芽であったのだ。踏み潰されて、それでも再生した芽が、いつかは大樹となる。


「わたくしの名前の意味を知っていて?」

「アキレア姫!」


 取り囲まれたアキレアの名を呼ぶ焦り声。遠くから駆け寄ってくる男を見向きもせず、王族たる女は威厳をもって朗と説いた。


「わたくしはアキレア。闘争の花──」


 爛々と輝く輝石が細く眇められる。赤い唇が弧を描いた。


「地に伏すそのときを、楽しみにしていなさい」


 高らかな宣戦布告に、幕開けの鐘が響き渡る。

 アキレアはいつかの未来を見据えて艶やかな笑みを浮かべた。

 覇王は愉快な挑戦者に愉悦の笑みを隠せず佇む。

 幾多の猛者たちは愚かな双葉を嘲笑し──男はこれから巻き込まれるであろう人間の苦難の増大を思い、まだまみえぬその人に同情を抱いて溜息を吐いた。


 これは、とある一国の闘争の物語である。


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「大樹の下で」小ネタ漫画掲載。絵が出ますのでご注意下さい。
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