魔王、はじめての拉致監禁《前編》
ふと、疑問が湧いてきた。
俺って人殺せるのか……?
紅が提示した条件はこの世界に住む人類全ての抹殺。それができなければ元の世界には帰れない。
確かに俺は虫も殺せぬ心優しい青年ではないし、ヤられたら十倍にしてヤりかえすがモットーの男だ。(今考えた)
相手が自分を殺しに掛かってきたら正当防衛として殺してしまっても何ら問題はないと思っている。
だが、何の罪もない人々をこの手で殺めることが俺にできるのだろうか。
うーーーーん。
まあいいや考えるのメンドクサイ。
時がきたらまた考えよう。
それより、もう朝だし起きねば。
カーテンの隙間から陽光が俺の目を貫き、起きろ起きろと急かす。追い討ちとばかりにノック音。
「魔王様、おはようございます」
「おはよう、セーレ」
ドア越しにいるセーレにでも聞こえるよう声を大きめにして挨拶した。
「! 魔王様、お早いお目覚めですね」
前の魔王は寝坊助だったらしい。
「今日のご予定はどうなさいますか?」
恭しい態度で部屋に入ってきたセーレはそう俺に問うた。
「ん? んー、以前の俺はどんな感じだった?」
「基本的にはお部屋で1日を過ごすことが多いですね。お部屋では、あにめという代物や、げえむという玩具を嗜んでおられました」
朝食の準備をテキパキとしながら俺との会話もこなすパーフェクトなメイドである。
昨日もセーレが部屋に運んできてくれた飯を朝、昼、晩に食べた。城を案内されている時以外は基本、この部屋で過ごしたな。
うむ。どうやら以前の魔王はマジで引きこもりだったようだ。朝飯もこうしてベッドで寝っ転がっている内にすぐそばのテーブルに準備されていく。
すんげー快適。
・ ・ ・
ん?
何か気になる単語が耳に入ってきたような。
「アニメ、ゲームだと……?」
「覚えてらっしゃるのですか!?」
「何となく分かる気がするな」
魔王についての記憶が一切ないのにこういった記憶だけがあるのは何だか怪しまれそうだが。
「そうですか。もしかしたら、魔王様の記憶がお戻りになる日も近いのかもしれませんね!」
なんか喜ばれた。
「ソレどこにある?」
「こちらです」
部屋の隅の木製の大きな棚からセーレが持ってきてくれた。この部屋広いから色んな面白そうな物がありそうだ。
今度セーレがいない時に探してみよう。主に男なら誰しも持つアレ的な意味で。ククク。
「こちらが『げえむぼうい』、こちらが『めがどらいぶ3』、そしてこちらが『せがさたん』という物だと魔王様から教わりました」
前の魔王よ……中々チョイスが渋いではないか。
それはいいとして、なんでアニメやゲームがこの世界にあるんだ?
魔族がいるような世界にアニメ? ゲーム?
謎は深まるばかりだ(キリッ。
引きこもり魔王のクロルは一日中部屋でゲームやら何やらをやっていたらしいが、俺までそれをやるわけにはいかん。
そんなものあっちの世界で飽きるほどやったし、そもそも俺には人類抹殺計画という目的がある。
できれば今日は魔王の城の外を出て人間達の情勢を確認したい。
もしかしなくとも、俺の方がよっぽど魔王らしいな。
「今日は……城の外に出ようと思う」
「!?」
とてもびっくりされた。
お上品に手を口に当て、まあ!みたいな感じで。
「ま、魔王様……それは、誠ですか?」
「おう、誠誠」
すると、セーレはとても困ったような、そして不安そうな、何かを不審がるような、色んな感情が混ざった表情をした。
「ですが魔王様。外は大変危険でございます。人間達の多くが魔王様を討とうと躍起になっております故……」
「俺の見た目なら大丈夫じゃね?」
クロルの見た目がどうだったかは知らないが、今の俺を魔族とは判断できないと思う。
「そ、そうですね……確かに」
今気付いたような素振りで俺のことをじっと見つめるセーレ。少し違和感を感じたようなリアクションである。セーレはもしかして、俺に対して違和感を感じているのか……?
ふむ。セーレと接するときは多少気を払う必要があるようだ。
セーレから、魔王の姿を見たことのある人間は、生きている者の中では数えるほどしかいないため、魔王と分かるような装備さえ身に付けなければ大丈夫かもしれないというような説明を受けた。
「ですが護衛は付けさせて頂きます」
「そうだな、仕方ない」
「五百人程」
それ魔王って分かっちゃうよね?
「多すぎだろう」
「ですが! 万が一、魔王様の身に何かあれば……」
うむ、ちょっと過保護気味だな。
それだけ心配されると何だか動きづらい。
何とかセーレの目を掻いくぐって城の外を探検できないものだろうか。
朝食を自室で終えた俺は、セーレが食器を片付けに部屋を出た時を見計らい、城の廊下を歩いて案を練っていた。
ちらちらと通行人が見てくる。やはり俺は引きこもり魔王として有名なのか。
じろじろ見んな、しっしっ。
俺に視線をくれる奴らを逆に睨み返して暇を潰していると、前方からニコニコと優しげな笑みを浮かべた老人が歩いてきた。
黒いローブ姿に柔和な笑顔を浮かべるご老人。
一見普通の白髪の爺さんのようにも見えるが、魔族である以上、ローブの下には人間離れした体躯をお持ちだろうことは想像できる。
セーレは頭に黒角、彩香だって………あれ、魔族らしい部位なんてあったっけあの子。
だが探せばあるはず。いくら人型とはいえ、魔族ならば何かしらの特徴はあるはず。
只の俺の偏見だけどッ。
「魔王様、お早う御座います」
「お、おはよう」
和風幼女である彩香に対して魔族的な特徴はあっただろうかと俺の記憶をフル動員して妄想、もとい回想に耽っていたら恭しい態度で話しかけられた。
決してロリコンではない。
「おや魔王様。何か悩み事ですかな?」
なぬ? この老人、ただ者ではないな? この俺のポーカーフェイスを見破るとは。
「どうしてそう思う?」
「ご尊顔にそう書かれているとお見受けしました」
にっこりと言われた。
「実はな、さい……」
危ない危ない。彩香の魔族っぽい身体的特徴について尋ねる所だった。
本題はそれじゃねえ。
「ごほん。城の外に出たいと思ってるんだが」
「む? 何故ですかな?」
「俺の記憶のことについては知ってるか?」
「ええ、セーレ殿より。私も相談役として何とかしたいと思っている次第でございます」
相談役ねえ。まあそんなような見た目はしてるな。
「俺の記憶喪失についてはもう城中の噂になっているのか?」
「いえ、極少数の者のみがこの件について把握しております。言いにくいことではありますが魔王様は身内に多く敵を抱える身。そのようなことが知られれば忽ち反乱が起きましょう」
確かに。引きこもり魔王が記憶喪失なんて起こしたらそりゃあ「こんな奴に魔王なんてやらしてられっかー!」ってなるわな。
というか引きこもりの時点で反乱起きそうだけどね。どうでもいいけど。
「そんなわけだから一刻も早く記憶を取り戻したいわけだ。それで城の外へ出て新しい刺激を受ければもしかしたらと思ってな」
「なるほど、さすが魔王様。記憶を失ってもその聡明な頭脳は健在ですな」
「そうだろうそうだろう」
こやつ見る目があるではないか……ククク。
「だが城の外へ出ようとセーレに言ったら反対されてしまった。行くとしても護衛をたんまり付けるつもりだ」
「そういうことでしたか。セーレ殿は魔王様を大層心配されていますからなあ」
そう苦笑混じりの表情で老人は言った。所でこの老人の名前はなんだろう。そう思い聞くと、
「申し遅れました。私の名はロウェイン。以後お見知り置きを」
「うむ」
「魔王様、私に一つ、提案があるのですが」
ロウェインはそう言うと少し悪戯っぽい笑みを浮かべ、周りの通行人に聞こえないよう耳打ちしてきた。
この時、俺はロウェインのことが少し気に入ってしまっていたので何の疑いもなくOKを出してしまった。
「おお、それはいいな。頼む」
「かしこまりました」
ロウェインは深々とお辞儀をした。その時のこの老人の表情を盗み見ることができていれば────
俺は後になって思うのだった。