魔王、はじめてのお出かけ《後編》
ひたすら階段を下り、最初に案内された場所は一階。野球ドーム半個分くらいの広さのホールだった。なんだか騒々しい音がしっちゃかめっちゃかに聞こえてくる。うるせえ。
「ここが大食堂です。ここで九割の兵達が食事をします」
兵達、とは言ってももちろん人間ではない。
中には人間と似たようなタイプもいるようだが、多くは獣みたいな奴、爬虫類みたいな奴等々の元いた世界ではお目にかかれないような化け物共である。おえ。
「キモチワ───」
危ねえ。思わず吐き捨てる所だった。
しかし、俺の嫌悪感を孕んだ声は数人の耳の良い奴には聞こえてしまったようで睨まれてしまった。
てか今の声のせいでこちらの存在に気付かれた。やべ。みんな見てくる。
「おい、あれってもしかしたら」
「ああ、間違いねえ」
「我ら魔族軍のトップの」
お? もしかして人気者?
やっぱり魔王っていうのはそういうもんか。こんな化け物共に尊敬されるのはアレだが利用し易いに越したことはない。
「「「引きこもり魔王(笑)」」」
ん?
「なんでこんなトコにいんだろうな? あの、引 き こ も り魔王様が」
「ぷぷ、壁ドンしても飯運んできてもらえないからねだりに来たんじゃなーい? ぷぷ」
「ださ(笑)」
えええええええええ!
「貴方達、主君に対してその口の聞き方はなんですか?」
「せ、せせセーレ様!? し、失礼しましたーーッ!!」
セーレの一睨みで文句を言っていた一行は足早に去っていった。セーレさんすげえ。
「びっくりした? 魔王様ってねー引きこもりとして有名なんすよー」
ニヤニヤとした表情の彩香が割と驚くべきことを告げた。
「まじか。俺引きこもりだったのか」
「そうなんす。そんなもんだから魔王様の支持率はもうヒドいことに」
キミ、可愛い声で割と残酷なこと言うんだな。こんなか弱い記憶喪失の男に。
俺も他人事だから良いけど。
「さあ、こんな所にいても魔王様に毒です。次は静かな場所に案内致しましょう」
次に案内された場所は城の屋上だった。
一階から屋上へ案内させるなんて面倒くさい真似を、なんて考えていたが、そんな考えなんてすぐに吹き飛んだ。
屋上、そこには────
屋上庭園という名に相応しい光景が広がっていた。
視界一面に虹のグラデーションを描くように花が咲き誇っている。辺りを見ると、美しい花々を手入れの行き届いている生垣が囲っている。
しばし見とれていたようだ。
穏やかな薫風が運んでくる華やかな香りが気持ちよい。
「気に入って頂けましたか?」
「すごいな、ここ」
「此処は先代魔王様の妻、貴方様の母君である方の愛された庭でございます」
立派な庭だ。庭園も素晴らしいが、視線を少し上げると外の景色も一望でき、壮観な風景を独り占めした気分になれる。
「先代魔王が俺の親父ってことか?」
先代魔王の妻でもあり、前の魔王の母でもある女。つまり────
「はい。先代魔王は優れた魔王でしたが、花も嫌う暴君としても有名でした。ですがその先代魔王でも、此処には一切手を出されませんでした」
「こんなに綺麗な庭だしな」
「ありがとうございます。此処は母君はもちろん、私や彩香さんにとっても思い入れの深い場所なんですよ?」
「へえ」
不思議と穏やかな気持ちになるな、ここは。
「私や彩香さんはよく手入れをしに此処に訪れております」
「俺の母親は?」
すると、セーレは一瞬顔が強張ってしまったが、俺に告げてくれた。まあ何となく予想はつくが。
「先の大戦で亡くなられました」
「そうか」
「やっぱり、その記憶もないっすか?」
彩香が心配した様子で話しかけてくれた。
「まあな」
「ここに来れば魔王様の記憶も刺激されると思ったのですが……」
ちょっと複雑な気分だ。まったく他人であるはずの俺がこんなに同情されているとは。
別に俺にとっては悲しい出来事ってわけでもないのに何となく俺までどんよりとしてきた。セーレと彩香にとっては他人事じゃないから仕方ないが。
少しの間だけ沈黙の時が流れたが、それを振り払うようにしてセーレと彩香が、
「さっ、次は闘技場へ案内しますね!」
「お、いいっすね! 今なら幹部級の訓練も見られるかもっす!」
少し無理をしているようにも見えたがここは二人の厚意に甘え、次の目的地へと案内された。
その後、俺達は城の内部をあちこち探索をして回った。
そして次の日も、城の案内に充てられることになった。1日でこの大きな城を回るのは難しいようだ。
こうして俺の魔王になってからの初めてのお出かけはお開きとなった。