1笑
「ばかやろうが!てめえみてえなハンパもんはお笑いなんてやめちまえ!」
あったま来た。おれは近くにあったチキン南蛮弁当をそいつのピーマンみたいな横っ面にくらわせてやった。
○
タツ坊がすげえものを見してやるっていうからおれはバイクを走らせた。なにしろタツ坊はここんところバイトを休んで引きこもってばっかだったから、おれはほんとに心配していた。
12月の国道はめちゃくちゃ寒くて、こないだ店長につかまされたにせもんのブランドジャケットもちっとも役に立たなかった。あいつはことごとくクソやろうだと、おれはいつも思うのだ。
なにしろ店長は女の話しかしねえ。おれがどんなに最近感動した映画やサッカーの話をしようとしたって全然聞いてねえし、しまいにはインテリぶってんじゃねえとかほざきやがる。
ばかか。インテリぶるんだったらはじめからてめえと話なんかしねえよ。おれの中学生の甥っ子のほうがよっぽど話してておもしれえ。俺の甥っ子のことはまた今度話すけどよ、あいつはいいやつなんだ。
とにかくそのときおれはタツ坊の家に向かっていた。あいつが電話口であんなに興奮していたのにはわけがあるにちがいないんだ。
「邪魔するよう」
タツ坊は気取りやだから金もねえくせにこじゃれたところに住んでる。
「よう、来たなさっそくだがこれをみろよ」
タツ坊はせっかちだ。おまけに短気と来てるからおれはもう尊敬のまなざしなんだ。
「なんだこのノートの束は?」
すげえ量の大学ノートがテーブルいっぱいに積まれていた。その中には「お笑い革命」だの「まっつんの爆笑漫談」だのお笑いに関する本もいくつかあった。
「すげえだろ?これはすべてお笑いの資料と研究なんだぜ」
まじかよ。おれはてっきりタツ坊はもうお笑いへのやる気をなくしちまったと思っていた。
なんしろこないだのちいさなライブハウスでのおれたちの一席はひどくて、つい客のやじにきれて場を台無しにしてしまった。そのことで主催者はおろかほかの芸人たちにもシカトを決め込まれてしまったのだった。
「おれはあきらめねえぜ。おれたちの笑いは絶対にものになると信じてる」
おれは知っている。タツ坊はかわいい女子アナと付き合うために頭をひねり、とうとうおれにお笑いを目指そうと言ってきたことを。その熱意はまだ冷めちゃいなかったのだ。
「けどこれ全部おめえが研究したってのか?」
「いや、おれもかなりやったが、おれの昔の舎弟たちに頼んだのよ。おめえらおれらの大志に感じ入るならば、いかにして売れるかアイデアをよこしなってな」
なんでそんなに上から目線で頼んでるのか気になるが、まあタツ坊の舎弟もあほの巣窟だからいいのだろう。
「そしてこの研究の山よ。ここにはあらゆるネタと発想とコネクションと作戦がつまっている。なにしろ舎弟の知り合いなんかにまで広く情報を募ってるらしいからな」
おれはとりあえず一冊のノートを手に取った。
――ツッコミこそお笑いのかなめだとおもいます。さらに度胸をつけることも考えて回転ずしで来るネタにどんどんツッコめば力がつくと思います。
おれは泣きたくなった。