第二話‐02
「おや、君は!」
にっこりと人の好さそうな笑みを浮かべ、ヴィックスは声を上げた。
「知り合いか、ヴィックス?」
「ええ、ええ、さっきお話した少年ですよ」
にこにこと笑みを絶やさずに話すヴィックス。しかしフェンネルの目はその後ろ、白髪の老人に釘付けになっていた。灰色の瞳に長い白髪を持った老人。髭は生えていないが、その顔立ち、その声、フェンネルが間違えるはずもない、つい先刻彼がまさに会いたいと切に願っていた、グレゴリーその人であった。しかしどういうわけか、彼はフェンネルの知っているグレゴリーよりも、だいぶ若いようだ。
老人はフェンネルの視線を受け、首を傾げる。
「どこかでお会いしましたかな?」
その言葉に、戸惑いながらもフェンネルが口を開こうとしたとき、ちょうどパセルシアがステージから降りてこちらへやって来た。
「あら、グレゴリー、お話はもう終わったの?」
「おお、パセルシア」
親しげに言葉を交わす二人。やはり老人はグレゴリーに違いないようだ。フェンネルは眉間にしわを寄せたまま、しげしげとグレゴリーの顔を眺めた。しわくちゃ、という表現がぴったりなほど顔じゅうに深くしわが刻まれていたはずだが、目の前にいるグレゴリーの肌には、それほど多くのしわはない。背筋もいつもよりピンと伸びているし、そういえば声の張りもいい。
フェンネルが頭のてっぺんから足の先までグレゴリーを観察していると、そのグレゴリーの顔がくるりとこちらを向いたので、フェンネルは思わず肩をびくつかせた。
「さて、そこの少年」
「フェンネルっていうのよ、彼」
パセルシアがグレゴリーに言うと、そうか、フェンネルくんというのか、とヴィックスが頷いた。そういえば自己紹介すらしていなかったっけ、とフェンネルは気が付く。
「ふむ、フェンネルくん。ヴィックスの話によると、君は神殿の中から出てきたそうじゃな? 少し話を聞かせてもらえるかの」
鋭い目をぎらりと光らせて、威厳たっぷりにグレゴリーは言った。断ることを許さない物言いだ。フェンネルは一言、はいと言うしかなかった。首を傾げて二人を見比べるパセルシアにすがりたい気分だった。
あまり長いことゴードンを一人にするわけにはいかないからと、ヴィックスは薄情にも一人去って行ってしまった。そういうわけでフェンネルは、グレゴリーと二人、芝居小屋の二階の小さな部屋にこもることになった。
木の椅子に腰かけるなり、それで、とグレゴリーは話し始める。
「さぞかし混乱していることだろう、フェンネルくん。ヴィックスも首を傾げていたよ。いや、わしには思い当たる節があるんじゃが……。君がどうやって神殿に入ったのか、それから出てきたときの状況、詳しく話してもらえるかの」
フェンネルは、神殿の中に入ってからの出来事を事細かに話した。奥に人骨があったこと、扉が開いたこと、気が付くと屍が転がっていたこと、外に出ると人がいたこと、すべてだ。それは彼がグレゴリーを信用していたからなのだが、その一方で、まるでまったく知らない人物と対面しているような気分でもあった。グレゴリーは話を聞きながら相づちを打ち、時おりううむと喉を鳴らして険しい表情を覗かせた。