第一話‐02
熱気。小さな酒場は人で溢れ返り、そこら中から笑い声やら歌声やらが聞こえてくる。テーブルに上がって踊る者、その周りで楽しそうに手拍子をする者。
賑やか、その一言に尽きるだろう。中には酔いつぶれて眠ってしまっている者もいるが、大半の者はまだまだ騒ぎ足りないようで、カウンターの店主は先刻からずっと、汗だくになってビールを注いでいる。
そんな酒場の中を、フェンネルは人の波間を縫うようにして歩いてゆく。すれ違う人々はフェンネルの顔を見るなり、誕生日おめでとう、と満面の笑みで声をかけ、踊りの輪に引き込もうとするが、その都度フェンネルはやんわりと断った。そして彼はカウンターでビールの入ったジョッキを二つ受け取ると、酒場の隅でパイプをくわえる白髪の老人の方へと向かった。
「グレゴリー」
フェンネルが声をかけると、丸い眼鏡の奥に二つ並んだ灰色の瞳が、彼を見上げた。
「おお、フェンネル。楽しんどるか」
「うん、じゅうぶんすぎるくらいにね」
フェンネルはそう言って笑うと、グレゴリーの正面に腰を下ろし、ジョッキを差し出した。グレゴリーはパイプをテーブルの上に置き、ジョッキを受け取る。
「お前が二十歳とはな」
胸まである立派な白い髭を撫でながら、グレゴリーは呟くように言った。
「まだ子ども扱いする気? グレゴリーみたいにしわだらけにならなきゃ、大人とは認めてもらえないのかな?」
フェンネルは自身の額を指差して言う。それを聞いてグレゴリーは、ふん、と鼻を鳴らした。
「口先だけは、昔から一人前じゃ」
二人は笑ってジョッキを口に運ぶ。
喉を鳴らしてビールを一口飲むと、グレゴリーはふと、神妙な面持ちでフェンネルを見た。それに気が付いたフェンネルは口元から笑みを消し、小さく首を傾げる。
「お前はもう、大人じゃ」
グレゴリーの口から出てきたのは、そんな言葉だった。思いがけない台詞に、フェンネルは目を丸くする。フェンネルは、酔いが回って感慨深くなったのか、と笑ってやろうかと思ったが、グレゴリーのあまりにも真剣な眼差しに、その言葉を飲み込んだ。
「一体どうしたのさ」
困惑気味にフェンネルが訊ねると、グレゴリーは、うむ、とうなるように言った。
「子どもにとっては知らない方がいいこともある。が、大人には知る権利がある。フェンネル、お前には知る権利があり、わしには話す義務がある」
「グレゴリー、何のこと?」
フェンネルは眉をひそめる。グレゴリーは大きなため息をついた。
「少し、外で話さんか」