第三話‐01
もとの時代に戻る方法がはっきりとわかるまで、フェンネルは家の手伝いをしながらグレゴリーの家に住むことになった。なった、とは言っても、フェンネルからしてみればそれはこれまでの二十年間と変わらない暮らしであり、いくらか不安もあったが、すぐに馴染むことができた。
グレゴリーの服を着るのは嫌だと言って仕立て屋へ通ううち、店主とすっかり顔なじみになった。エッジ村の名物であるバタービールが好きなグレゴリーに連れられて酒場に行けば、陽気な常連客たちと親しくなった。そして、暇を見付けてはこの家へ顔を出しに来るパセルシアとも、親しく会話をする仲になった。フェンネルがこの時代での暮らしに困ることは、まったくと言っていいほどなかった。
六日目の朝である。フェンネルが起きて下の階へ降りると、グレゴリーが手紙を眺めながら、何やら気難しい顔をしていた。フェンネルがやって来たことにも気が付いていないようだ。
「そんな怖い顔して、どうしたんだい?」
「む……おお、フェンネル、起きたのか」
そう言いながら顔を上げたグレゴリーのその眉間には、しわが寄せられたままである。フェンネルは腰に手を当て、首を傾げてみせた。
「うむ、いや、友人に出した手紙の返事が今朝方やっと届いてな。しかし、これはどうしたもんか……」
再び目線を落とすグレゴリー。フェンネルは不思議に思って彼の手元を覗き込む。それと同時に、そうじゃ、とグレゴリーが声を上げた。フェンネルとグレゴリーの目線が交わる。
「フェンネルよ、お前も手伝ってくれんかの」
「いいけど、いったい何を?」
「いや何、ちょっとした人助けじゃよ」
グレゴリーはその人望と面倒見のよさから、よく人々に助けを求められる。フェンネルはいつものことだと思い、二つ返事で了承した。
その会話からほんの小一時間、二人はマントを羽織り、ブーツを履いて村の外を歩いていた。グレゴリーは杖を持ち、荷物をまとめた簡易なバッグを肩に下げている。その後ろをついて歩きながら、フェンネルは訊ねた。
「グレゴリー、これってもしかして、旅ってやつかい?」
フェンネルはすでに息が上がっている状態だ。先ほどから舗装されていない土の上を歩き続けており、普段こうして歩くことのないフェンネルにはつらいものだった。振り向いたグレゴリーの顔には疲れなど少しも見えず、代わりに呆れた表情を浮かべている。
「なんじゃ、もう疲れておるのか。まだまだ着かんぞ、ほれ、あの山を越えて東に向かうのじゃ」
「それで、そこにいったい何があるっていうの?」
フェンネルは首を傾げる。
「わしが手紙を出した友人じゃ。安心せい、もう少し行けばニードル村がある。そこで馬を借りよう」
グレゴリーの言葉に、フェンネルは心から安堵した。