第二話‐04
雨が弱まったのを見計らって、二人は芝居小屋を出た。向かう先はグレゴリーの家である。それはエッジ村の一番南端の小さな丘の上にあり、少なくとも外観は、フェンネルのよく知るものとまったく同じであった。
中に招き入れられたところで、フェンネルは立ち止まる。
「どうした」
振り返ってそう訊ねるグレゴリーに、フェンネルはこう答えた。
「実感がわかないんです」
グレゴリーは何も言わずにじっとフェンネルの言葉に耳を傾ける。フェンネルはそんなグレゴリーの瞳から目を逸らし、続けた。
「村には見覚えのない家や建物があったり、知り合いが全然いなかったり、それに、こうして僕が知っているよりもずっと若い貴方を見ていると、本当に過去に来てしまったんだな、とは思います。でも、なんだか夢物語のような――」
そこまで言ってフェンネルは、いや、と自身の言葉に首を振る。
「夢物語であってほしいと思っているんです。きっと実感がわかないのではなく、現実から逃げようと、理解するのを拒んでいるだけで……」
顔を伏せたフェンネルの視界に、赤い立派な絨毯が映り込む。グレゴリーが大切にしていたもので、しかしフェンネルが幼い頃にいたずらし、穴を開けてしまったのだ。今そこに敷かれているのは、当然と言えば当然なのだが、まだ穴などどこにも開いていない。
ぼんやりとしていたフェンネルの耳に、彼を呼ぶグレゴリーの声が聞こえた。顔を上げれば、グレゴリーが椅子に腰かけ、テーブルの上には湯気の立ち昇る紅茶を二つ用意して手招きしている。フェンネルは黙ってグレゴリーの正面の椅子に腰を下ろした。
「何を当たり前のことを言っておるのじゃ、お前さんは」
紅茶を一口すすり、グレゴリーは言った。
「ここは過去です、などと言われて、なるほど、とすぐに状況を飲み込めるやつがどこにおる。わしでさえ今、夢なんじゃないかと思っとるぞ」
ふんと鼻を鳴らし、グレゴリーはカップを置く。
「まあ、そうですよね」
フェンネルが眉尻を下げて笑って見せると、グレゴリーも目尻にしわを寄せて笑い返した。そして一呼吸置いて、グレゴリーは言った。
「お前さんにはわし以外に頼れる人間はいないのじゃろう。それなら、そのわしにまで気を遣っちゃいかん。“いつも通りに”接してくれ」
「グレゴリー、さん」
思わず口をついて出たその言葉に、フェンネルはくすぐったさを感じた。彼は照れたように小さく笑い、それからグレゴリーの顔を覗き込むようにして、こう言い直した。
「ありがとう、グレゴリー」
「それでいい」
人懐っこい笑顔で返したフェンネルにグレゴリーは満足気に頷き、そして二人は静かに紅茶を飲んだ。