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第二話‐03

 フェンネルが話し終えてからも、グレゴリーはしばらくの間眉を寄せて腕を組み、やはりそうとしか考えられん、いやしかし、などとひとり漏らしていたが、やがて大きく深呼吸をして顔を上げた。

「よいか、フェンネルくん。にわかには信じられないとは思うが、聞いてくれ。君はおそらく嘘をついていない。君が神殿にやってきたときには、本当に誰もおらんかったのじゃろう。つまりな、神殿の中に入ったときと出てきたとき、それはまったく別の時間じゃった、ということじゃ」

 フェンネルは首を傾げることもせず、黙って目をぱちくりさせる。うむ、と喉を鳴らし、グレゴリーは続ける。

「聞いたことくらいあるじゃろう、神殿にまつわる話、神話を。あれは神の造りし扉。未来にも、過去にも繋がっておる。簡単に言おう、君はあの扉の向こう、つまり過去か未来、そのどちらかからやって来たのじゃ」

 そんな突拍子もないことを、グレゴリーがあまりにも真面目な表情で言うものだから、フェンネルは引きつった笑みを浮かべ、まさか、と呟くように言った。そして口を閉ざし、押し黙る。グレゴリーがそのような冗談を言うような人物でないことは、フェンネルがよく知っていた。

「もっとも、わしもそんな話が本当だなんて微塵も信じとらんかったがのう」

 グレゴリーは言う。フェンネルは顔を伏せ、考えを巡らせ、そしてこれが夢ではないことを確信する。もちろん、にわかには信じられなかった。しかしその一方で、納得もした。納得せざるを得ない状況に、彼は今、身を置いているのだから。

 フェンネルはゆっくりと口を開いた。

「僕の、僕がもといた時代は、今よりも未来だと思います。……たぶん、間違いなく」

「何か心当たりが?」

 フェンネルは身を乗り出すグレゴリーの顔をちらと見て、貴方です、と言った。グレゴリーは片眉を上げ、きょとんとした表情をつくる。

「いつ言おうかと思っていたのですが、僕は貴方と暮らしています。生まれたときから、ずっと。貴方は僕の親のような存在なんです、グレゴリー」

 目を丸くし口を開けたグレゴリーの顔は、心底驚いた、と言っていた。彼はフェンネルをじっくりと眺めたあと、傾けたままだった上体をもとに戻し、大きく息を吐き出した。

「なんと、そうじゃったか。いや、驚いた! それで、君と暮らしているわしは、何歳かね?」

「貴方は自分の年を数えていないと……」

「おお、そうじゃった! 今自分が何歳かも、わからんのじゃ。まあよい、とにかくわしの知り合いにフェンネルという子は――今のところはいない。まだ君は生まれていないのじゃろう。しかしわしがまだ生きているということは、そう遠い未来でもなさそうじゃ」

 グレゴリーの言葉に、フェンネルは頷いた。そして訊ねる。

「あの扉が未来に繋がっているということは、もう一度あの扉をくぐればもとの時代に戻れるということですか?」

 しかしフェンネルの予想に反して、グレゴリーの反応は渋いものだった。

「その通り、と言いたいところじゃが、実はそうとは限らないのじゃ。扉のことはわしも詳しくは知らないが、この時代とお前さんの時代“だけ”を繋いでいるとは考えられんのじゃよ。というのも、ヴィックスから聞いたかもしれんが、お前さんが現れるよりも先に、おかしな馬車が神殿から出てきたというのじゃ。おそらくはそやつも扉をくぐってきた者……それも、お前さんとは別の時代の、じゃ」

「それじゃあ……」

 うむ、とグレゴリーは頷く。

「扉をくぐったところで、また別の時代に出てしまうやもしれんな」

 フェンネルはため息をついた。それほど絶望的に思わないのは、グレゴリーという心強い存在もあるのだろうが、それだけでなく、まだこの状況を理解しきれていないせい、というのもあるだろう。とにかく彼は、今は帰る手立てがないらしい、とだけ理解した。

 グレゴリーは言う。

「問題は、フェンネルくん、帰れないことそれ自体ではない。お前さんがこの時代に留まることによって“フェンネルという人物が二人存在してしまうということ”が問題なのじゃ。わかるな? 正確に何年後かはわからないが、そのうちお前さんが生まれる。そのときどうなるのか、わしにはわからない。いや、下手をすれば、お前さんがここにいることによってフェンネルは生まれないかもしれん。それはつまり――君の存在が消えてしまうということじゃ」

 フェンネルは全身が冷えるのを感じた。言葉は出ない。目線が宙を彷徨う。

「フェンネルくん」

 グレゴリーの声に、フェンネルは顔を上げる。

「解決策を考えよう。とりあえず、ここにいる間はわしの家に住むといい。もちろん、仕事はしてもらうがの」

 いたずらっぽくウィンクを寄越すグレゴリー。フェンネルは力なく笑って見せた。


 部屋を出て階段を降りると、パセルシアがテーブルを片付けているところだった。彼女は二人に気が付いて手を止めるが、様子がおかしいことにも気が付いたのか、小さく首を傾げる。

「――どうかしたの?」

 そう問うパセルシアに、フェンネルは苦笑を返すほかなかった。

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