最終話 輪廻
何年、生きたのかは分からない。
正確に数えていた時期もあった。
最初のうちは、
何度目の人生かを覚えていた。
けれど、
百年を越えたあたりで、
数えるのをやめた。
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理由は単純だ。
数字は、
何も教えてくれなかった。
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何回生きても、
嬉しいときは嬉しくて、
苦しいときは苦しい。
怖いものは、
いつまでも怖い。
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死の記憧は、
今も鮮明だ。
喉が締めつけられる感覚。
身体が冷えていく感触。
「終わる」と分かった瞬間の、
あの静けさ。
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何度経験しても、
慣れることはなかった。
それでいいのだと、
今は思う。
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この人生では、
特別なことは起きなかった。
英雄にもならず、
誰かを救ったわけでもない。
大きな成功も、
語るべき失敗もない。
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ただ、
与えられた身体で生きた。
選べない親のもとで、
選べない環境を引き受けて。
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それだけだった。
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それでも、
ある夜、
ふと気づいた。
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私はもう、
次の人生を期待していない。
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次はもっと良くなる、
次こそ報われる。
そんな考えが、
いつの間にか消えていた。
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それは、
諦めではなかった。
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今が、
ここが、
これでいいと、
初めて思えたのだ。
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記憶は、
相変わらず残っている。
知っていることも、
忘れられないことも、
山ほどある。
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記憧も、
消えてはいない。
失った人の顔。
言えなかった言葉。
取り戻せない時間。
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それでも。
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それらを抱えたまま、
生きている。
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もしこの力が、
罰なのだとしたら。
私は、
ようやく学んだのだと思う。
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生まれることに、
理由はいらない。
選べないことを、
恨み続けなくていい。
報われなくても、
生きていていい。
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忘れられないままで、
前に進んでいい。
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それが、
人間なのだと。
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その瞬間、
何かが変わった気がした。
終わったのかどうかは、
分からない。
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次に目を覚ましたら、
また別の身体かもしれない。
あるいは、
何もないのかもしれない。
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どちらでも、
構わなかった。
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私は、
この人生を、
生き切ったとは言えない。
けれど、
生きた。
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それで、
十分だった。
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輪廻は、
続いているのかもしれない。
終わったのかもしれない。
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ただひとつ確かなのは。
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私はもう、
「なぜ自分だけが覚えているのか」と
問わない。
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覚えているから、
今を大切にできる。
忘れられないから、
他人の痛みが分かる。
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それだけで、
この力には、
意味があった。
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そう思いながら、
私は静かに、
目を閉じた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
この物語は、
転生や前世の記憶といった
少し不思議な設定を使っていますが、
描きたかったのは
特別な力の話ではありません。
生まれる場所も、
身体も、
親も、
私たちは選べません。
それでも生きるしかない、
という事実があります。
この物語の主人公は、
何度も生まれ変わりながら、
それを理解しようとしました。
忘れられない記憶や、
消えない感情――
ここでは「記憧」と呼んだものを
抱えたまま生きること。
それは罰なのか、
それとも意味のあることなのか。
答えは、
作中でははっきり示していません。
もし読み終えたあと、
「自分ならどう生きるだろう」と
少しだけ考えたなら。
あるいは、
答えが出なくても、
それでいいと思えたなら。
この物語は、
その時点で役目を果たしたのだと思います。
静かな時間を、
ここまで共有してくれて、
本当にありがとうございました。




