第五話 誰かのために
この人生は、
静かだった。
過酷でもなく、
恵まれているとも言えない。
ただ、
波が少なかった。
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生まれた家は、
貧しくはなかった。
怒鳴り声も、
暴力もない。
それだけで、
私は「当たり」だと思った。
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前世の記憶は、
相変わらず、
すべてあった。
だから、
無理はしなかった。
期待もしなかった。
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私は、
早く大人になった。
年齢ではなく、
感覚が。
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ある日、
妹が生まれた。
小さくて、
泣き声が弱い子だった。
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抱き上げると、
心臓の音が、
直接伝わってくる。
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その瞬間、
思ってしまった。
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――この子は、
何も知らない。
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死の恐怖も。
後悔も。
親ガチャなんて言葉も。
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ただ、
生きているだけ。
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それが、
やけに眩しかった。
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私は、
初めて思った。
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この人生では、
失敗してもいい。
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妹の前では、
賢くなくていい。
正解を知っていなくていい。
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ただ、
ここにいればいい。
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前世の記憶は、
この子には使えなかった。
教えられないし、
分かち合えない。
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でも、
それでよかった。
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妹が転んで泣く。
私は、
理由を考えなかった。
ただ、
手を差し出した。
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「大丈夫」
その言葉に、
裏はなかった。
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夜、
一人になって思う。
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私は、
この人生で、
初めて“役に立っている”。
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誰かのために生きることが、
こんなにも、
静かなものだとは知らなかった。
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守りたいと思った。
救いたいではない。
導きたいでもない。
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ただ、
一緒に時間を過ごしたい。
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その願いは、
前世の記憧から
生まれたものじゃない。
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この人生で、
初めて芽生えた感情だった。
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それでも、
終わりは来る。
それは、
平等だ。
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最期の日、
妹は大人になっていた。
泣かなかった。
ただ、
私の手を握った。
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「ありがとう」
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それだけだった。
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私は、
思った。
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ああ。
この人生は、
悪くなかった。
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生き切った、
とまでは言えない。
でも、
生きた。
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次に目を覚ましたとき、
記憧は、
また更新されていた。
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優しさの重さ。
残される側の顔。
言葉にしなくても、
伝わる感情。
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私は、
少しだけ分かった気がした。
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この力は、
誰かを救うためじゃない。
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誰かと生きるために、
忘れないための罰なのだと。
第六話:まだ足りない




